山に住む巨匠


ふとしたきっかけで知った、山に住むご夫婦に山の恵みの魅力を教えていただいてきました。


連れて行ってくださったのは彼のご夫婦と十年以上のお付き合いのある、尊敬する実力派の料理人ご夫妻。車で天竜川筋を遡ること2時間以上、体感気温が2-3度低く、きゅっと身を引き締めるように感じられる、山の緑に囲まれたお宅に伺いました。


急斜面に開墾した畑だけでなく、家の周りを一時間ほど巡るだけで「これは釣り鐘人参」「これはしどけの大きくなったヤツ」「これはタラの芽」「これは独活」 ・・・・・茱萸(ぐみ) 桑 高野箒 冬の花筏 こごみ 赤こごみ 九輪草 こしあぶら 野小菊 柚子 お茶の花 げんのしょうこ 水引 秋葉菊  あいこ(みやまいらくさ) あけび しどけ 木の芽 蛇苺 まゆみ


食材としては使ったことがあっても山で見ることは初めての野草、春の山菜が秋にどういう風に成長しているかをみても説明をしていただかなくてはまったくわかりません。


山菜だけでなく、あらゆる草花にもちろん名前があって、雑草などと言うのは存在しないのだということがわかります。


さらにはそれらをどんな風に採取して、料理し、保存するのかまさに生きる字引のように次から次へと冗談を交えて解説をしてくださるのです。


へなちょこな都会っ子の私は「へーーー!」「ほほぉぉぉ!!」と感嘆符の連続にならざるを得ません。







そして山野を巡った後は奥様の山菜を使った手料理の数々。


すべてはつい先ほど見てきた山の幸を利用したもの。春にとれた山菜は塩漬けにしたり、乾燥させてもどしたりしたものも含めて滋味に溢れた深い味わいの料理が次々と現れます。


一口食べては目を見張り 一口食べては言葉なく「うーーむ」と唸るばかりなのです。


もちろんそれらの食材の中にはすでに私自身が使っているものもあるはずなのに、先ほど山で見てきた冬の花筏であったり、目の前で掘ってその場で土を落としてすりこぎで叩いた釣り鐘人参であることの重みというのは、料理人の机上の知識を打ち砕く、生活に根ざした知識と、夫婦で共有した知恵に裏付けされて舌の上でめくるめくのです。


食材をただ手に入れて料理することができるだけの料理人と、山の恵みを身体で知り使い尽くす主婦の力の差は歴然としています。


能力の高い料理人の仕事に感動したことは幾度となくあるのですが、山でのこの感動は別次元でありました。







この日の経験と感動は、20年前に「料理王国」創刊号で初めて日本に紹介されたときにミシェル・ブラの「自然に寄り添い料理が生まれた」という姿と、新野菜のガルグイユーの写真を見たときの感動と同質のものでした。


偉大な料理人は山にいます。