日本酒の熟成


10年以上前のお話です。


県内のある蔵のお酒を久しぶりに飲んでみると、昔の姿は想像できないほど素晴らしいお酒に成長していたことがありました。


聞けば、ご主人ご本人が杜氏としてお酒造りをするようになり、いいと思われることはすべて試しているというのです。ちまたではまだ激変した事実は広まっておらず「これは積極的に使わなくては」と思ったのです。


ところが翌年の春、新酒の純米大吟醸が出荷され、待ちわびるように封を切ってみると、前の年のあのすばらしさはどこに。。。。?不味いとはいいませんがあの鮮烈さとはほど遠いお酒がそこにありました。


やっぱりあの激変はたまたまであったのだろうか?一定の味を高いレベルで維持することの難しさを胸に刻みながら、この蔵のお酒とはちょっと距離を置きながら眺めていたのです。



それから五年後くらいのことです。春にいただいてあった件の蔵の純米大吟醸斗瓶の新酒が冷蔵庫の奥の方に一本残っていることに、秋も深まった11月頃になって気づきました。「あっ、どこかに組み込むようにして使わなくちゃ」と思って封を切り、一応・・・と味を見ると、「ああ!!」以前のあの素晴らしい味のお酒が戻ってきていました。


「やったぁ!あの味が再現できるようになったんだぁ」と喜んでお客様の評判も上々であったのですが、そこでふと考えました。これって熟成による成長なのかもしれない。元々の造りは同じで私が最初に飲んだのは春の新酒から半年以上の熟成を経てからのお酒であったのではないか?翌年のお酒が評価できなかったのは、新酒の堅さだけが前面に出て飲むべき熟成に達していなかったのではないか?できたばかりの春のお酒と秋まで寝かせた状態のお酒の熟成の変化が著しいということなのです。


次の年、春の純米大吟醸を6本 秋も深まる頃まで寝かせておきました。


案の定、春に醸されたこのお酒のおいしさのピークは冬前にあったのです。しかしながら、小さな蔵ですので、ピークを迎えた頃には扱う酒屋のどこに聞いても同じ純米大吟醸は売り切れていて存在しませんでした。つまり、このお酒が美味しくなった状態でお客様に提供するためには春に買って冬前まで寝かせてからでなくては使えないということなのです。多くの方はこのお酒の本当の良さを知らないうちに飲んでしまっていたのかもしれません。


99%の消費者は、日本酒は出たばかりが一番美味しいに違いないと思っています。できれば、タンクの目の前で飲むお酒こそが一番であると。


蔵によっては何年かの熟成を経なければ蔵出ししないお酒もありますし、多くの大吟醸は春に造られて11月-12月に販売されます。とはいっても、消費者はやっぱり売られた直後が一番であると信じます。


日本酒が美味しく仕上がるための熟成の期間はお酒一つ一つで違うということ、しかもその美味しさのピークをすべての蔵が把握し、最上の状態で出荷しているわけではないということ。このことを強く意識する大きな転機でした。


あのとき飲んだあのお酒。。。。今回飲んでみたらそれほどでもないって時、よくありますよね。「あの蔵も落ちたね」じゃぁなくて、どれほどの熟成経ていて、どういう状態で飲んでいたのか?それを知らないで「落ちた」とは口が裂けても言えません。


料理店も自分が使うお酒のピークを知った上で、熟成の温度は何度で何ヶ月 何年寝かせてから使い始めるのか、一番美味しい状態を知っているというのはきわめて大切なことなのです。


すべてのお酒はできたてが一番美味しいという新鮮信奉はもう捨てましょう。