お客様の目利き


お得意様には周知の事実ですが、私ン処で扱っているお酒の多くはどの酒販店でも簡単に手に入るものではありません。


これは自慢ではなくて、料理店としてお足を頂戴する以上お客様が普通に手に入るものを右から左へ流して利益を得るのがはばかれるからです。簡単に入手できるのならご自身で買われ自宅の晩酌に飲まれるほうがお徳です。そういうお酒を集めるのは私には料理屋として当たり前の作業なのです。


となると、それらをご存知の方ならともかく、普段口にすることのないお酒を料理との相性やお酒の順番とともにイメージすることはなかなか難しいことになります。そんなわけで「よろしければ是非お奨めを」と、私のお奨めをご紹介するケースがお客様全体の9割以上になります。いわばこれが店のスタイルであり、私の流儀といっていいと思います。


「お奨め」のためにはお客様の素性を推し量ることがとても大事です。


一見から裏を返し馴染みになられたお客様については、それまで召し上がっていただいた料理とその料理にどんなお酒を組み合わせたかがすべて記録として残してあります。予約の電話をいただいた時点でお得意様に前回前々回くらいまでは召し上がっていただいた数々をチェックし、今回はどんなお楽しみを提供できるかを頭の中で組み立てることは料理屋の醍醐味でもあります。



難しいのは一見のお客様。お酒に関してまず第一に考えるのは予算と飲む量です。昨日申し上げたような味わいの満足以上にこの二つは高いハードルなのです。


どんなに素晴らしいお酒を次から次へとお出ししても勘定書きをみて呆然とするようでは裏を返されることはありません。飲酒量を予想し間違えて頂点に持ってくるお酒の場所がずれてもやっぱり裏は返していただけません。


「日本酒をください」とお客様がおっしゃるときには予算を明確に言われる方は少数派です。このお客様にはいくらくらいが適正か?まさに千差万別、一組一組全部違うのです。こんなとき(だけではないのですが)、一見のお客様は玄関をお入りになったときから自然に観察しています。決して値踏みではありません。私の店でどれほどのものを期待されているのか?物腰、身なり、お話しぶり。接待であれば接待先との雰囲気、会社名がわかればそれを検索し、どんな会社とどんな風にお付き合いしている風か。などなど。カップルであればお二人がどんな雰囲気なのか、店に今日は何を求めていらっしゃるのか?


細かく言えば履いている靴一つでも想像はつきます。ベルルッティとジョンロブ、バリーでは趣味志向も違うでしょうし、お金の使われ方も違うはずです。タニノ・クリスティとフェラガモでもお客様にイメージするものは違います。


そんなあらゆることを情報として頭の中で瞬間に整理して出すお酒を考えたりします。


飲まれる量も、お酒の注文があったときに最初のビールからの注文数やグラスの個々の残り方を自然に見ています。どのくらいがキャパシティでいい具合に酔われる量はどれほどのものなのか?


予想するのはそんな微細なことだけでなくもっと総合的な判断に基づいてお客様の満足を推し量るわけですが。。。



よく高級店で「サービスマンに値踏みされているようで萎縮する」という方がいらっしゃいますが、高級店であればあるほどそういうことはありえません。すべての従業員が「このお客様に次もご来店していただくための満足はどのようにして得たらいいのかろうか?」ドキドキしながらそっと伺っているのです。お客様の満足がなければ店の存続はないのですから。


それは間違いありません。