接客の経験値


物議をかもすほどの大それたことを書いたつもりは全くなかったものですから、前回のコメント欄の賑わいにはちょっと驚いてしまいました。


というわけで、日々私がお客様にどんな風に向き合っているのか・・・という内輪のお話も、本来ならご来店いただけば語るほどのことはないわけですが、この際舞台裏もしくは板前の心の動きもお話しすることも面白いのではないかと思い書いてみます。


今回論点になったことも、ご来店くださっているお得意様や、ずっと日記をご覧になって私の人となりを理解してくださっている方には「ああ、あいつまた同じことを繰り返し・・」と思われるほど普通のことでした。




日本酒に詳しい方日本酒通と、日本酒を仕事としてお客様に提供する私達とは知識のベクトルも経験値のベクトルも全く違います。昭和50年代から今まで次々と現れるお酒に出会ってきました。それらに向き合い、試飲し、味わいを系統的に頭に叩き込み、その数は数え切れないほどです。知らないお酒も蔵もたくさんあることは充分承知してます。がしかし、私にとって何種類の日本酒を知っているかなどという知識の分量なんぞ大切なことではありません。日本料理店で自分の料理とともにお客様楽しんでいただける日本酒はどんなものか?その一点にだけにお酒と関わった30年は集約するのです。



よくお客様に「これだけ日本酒をおいてあるってのはよほど飲むのも好きなんだろうねぇ」と言われます。


答える私は「美味しいお酒は押しなべて好きですが、自分が飲むことより実は飲んでいただくことのほうが好きなんです」と。そう、お客様に喜んでいただけることがなんといってもこの仕事の醍醐味なのです。


様々な経験の中で私に感動を与えてくれた日本酒を系統立ててそろえ、お客様に満足していただくこと。「あれも知っている」「これも知っている」は必要はなくて、このお酒とこのお酒をこの順番に出すとこんな風に舌が喜んでくれるとか、このお酒は私のこの料理にはこんな風に変化するとかというひとつひとつのお酒に対する認識のほうが大事で、それらがどんな風にお客様に満足を与えてくれるかを知ることのほうが大切なのです。


お客様の満足の仕方もひとりひとりすべて違います。それらをお客様の所作、身なり、会話の端々、料理の食べ具合、お酒の進み具合、一口召し上がったあとの表情、その後に出てくる言葉、何一つ見落とさないように神経を研ぎ澄まし、次にどのような組み立て方をすればより楽しんでいただけるか、どのあたりで頂点にもってくればステージは最高潮に達するか、あくまでその場の会話を楽しんでいただきながら頭の中はフル回転をさせます。


そこには板前の一人よがりなんぞ入り込む余地はありません。ただ、前回申し上げたように自身が味わった感動をできうればひとつでも多く伝えたいという欲求は常に持ち続けています。それはなんといってもお酒そのもの、その素晴らしいお酒を造る造り手への畏敬の念に支えられているのです。今の日本にはこんなに素晴らしいものを造っている人たちがいる・・・という私の創造者への尊敬の気持ちです。


日本酒を見つめ続けてきた年数以上に私がお客様に接してきたサービスマンとしての経験はすでに33年です。何千何万人のお客様と接し、その一回一回が私の積み重ねとして残っています。どのお客様にどう接するべきか、お客様が何を求めていらっしゃるのか、あらゆるシチュエーションとあらゆる階層のお客様との接点の蓄積は伊達ではありません。お酒を押し売りするような所業を快く思われないと気づくなんぞ現場では初歩の初歩です。ご指摘があったような傲慢な気持ちがかけらでも見えていれば店を維持することは出来なくなります。「店なんて永くやっていればいいというもんではない」と常日頃言い続けていますが、創業90年という歳月はひとりひとりのお客様にまじめであった証であると胸を張ることもできるような気もするのです。



・・・と今回は具体的なお話は抜きにして板前としての了見の持ち方のお話だけ。



普段ですとコメント欄には必ずご返信をさせていただいているのですが、今回は状況が状況だけにひとつひとつにお答えできないことをお許しください。


とほ様 タカ様 のりたけ様 kababa様 らんちう様 あら様 せりあ様 I様 Take様 mori様 中嶋様 コンドウ様 未熟な私の一言で招いた苦境に皆さんのお言葉は心にしみました。10数年書き続けてよかったなと幸せを感じる瞬間でありました。ありがとうございます。