薄味と濃い味


先日お客様に「この焼き物(柳鰈の若狭焼き) ちょっとお醤油が欲しいんだけど・・・」とご注文を受けたことがありました。


同席のご友人からは「こういうところへ来て醤油頼むかぁ。田舎モンだなぁ」と冗談交じりに揶揄されていましたが、醤油や塩が欲しいというご注文は久しぶりです。


店ではお客様から直接味の濃い薄いのご指摘を受けることはあまりありませんが、net上の様々な素人のレストラン評を見ると日本人はとかく濃い薄いに敏感なような気がします。特に濃い場合。濃いことを指摘することが、薄味に慣れ親しんだ自分の舌の繊細さ、洗礼され具合を強調するための道具になっているのではないかといぶかるようなケースさえあります。超高級店で「味が薄くて食べた気がしなかった」などという言葉はあまり聞いた覚えがありません。「薄味好み=味がわかる」の法則でもあるんじゃぁないでしょうか。


コースで召し上がっていただく日本料理の場合、理想的には最後まで食べ終わった時に食後感が一番大切なわけで、お椀一つとっても最初の一口と飲み終えたときに塩味の感覚はずいぶんと違うものであることを若い頃から先輩に言われ続けてきました。さらに前述の柳鰈などは、下処理の時点で塩をあて一夜干にしてから薄口醤油と酒をベースにしてたれをかけながら焼きます。下処理のときの塩味をほんの一振り間違えただけで、最後の薄口醤油とのバランスがうまくいかずに薄く感じたり濃く感じたり、実際最初から最後まで濃い薄いには気が抜けないむつかしさを含んでいます。例えば大根を煮物にする場合でも、大根の大きさ、添えられたあしらいの味わいによっても舌に感じる濃い薄いは変わりますから微妙な味付けの変化も必要です。こうやって考えると微に入り細に入りの気遣いを重ねているつもりでも、ひとつバランスが崩れただけでお客様の舌を満足させることができなくなるのですね。


全く日本人の舌を満足させるための積み重ねは終わりがありません。


因みに個人的には、自分の料理に「味が濃いなぁ」と言われるよりは「お醤油頂戴」と言われる方が心安らかでいられます。田舎モンって思われたくない姑息なやつです。