味の記憶

clementia2007-09-11



兵庫県安富町 下村酒造「奥播磨 鑑評会別仕込 生」 本年度全国新酒鑑評会金賞受賞酒です。


奥播磨に出会ったのは十年以上前、この鑑評会別仕込は中でも驚きの一本でした。当時、出品酒と言えば香り重視、グラスに口を近づけただけで鼻から脳髄に突き刺さるように馥郁と香る吟醸香のあるお酒が金賞を受賞するのが一般的で、市場に出すお酒は香りを押さえたお酒でも、金賞を取るためだけに際立った香りを強調したお酒を出品する蔵も多くありました。そんな中、奥播磨の味わいはあくまでどっしりとした濃縮と切れ味、抑えた香りながら複雑さが妖しい出品酒を毎年造り続けていました。蔵の自酒への自信と高い志をこのお酒から感じることができたのです。


一万円を越える大吟醸が淡麗辛口を目指すのが当然であった頃にこのお酒の存在は貴重でした。淡麗=辛口 吟醸香=高級ばかりに流れる時勢の疑問を感じていた私には、なんともありがたい奥播磨の出現に小躍りし、それから7〜8年は「これでもか!」というほど頻繁にこのお酒をお客様にお奨めし続けていました。


が、しかし、使いすぎたせいかちょっと飽きてしまったのですね。私が飽きたのか、お客様が飽きたのか?・・・よくわかりませんが(こんないいお酒に失礼なお話ではあります)ちょっと冷却期間をあけようとこの3〜4年遠ざかっていたのです。


で、今年、しばらくぶりに金賞受賞酒を使い始めるとお客様の評判は呆れてしまうほどいいのです。もちろん以前の評判も上々ではあったのですが、これほどまでではありませんでした。中には「重過ぎる」「濃すぎる」「お酒っぽすぎる」などという日本酒に淡麗さと軽やかさを求めるお客様には敬遠される傾向も確かにあったことは事実です。そういう単一的傾向のお客様が少なくなったのかもしれません。


鑑評会に出品するお酒の場合、蔵によっては毎年少しづつ実験的な試みをして味わいを変化させる蔵もある中、奥播磨の出品酒の味わいは常に安定していました。お酒の味を分析し、情緒に流されずに記憶することはとても難しいのですが、私たちは常にこの作業を怠ることはできません。3年前に飲んだお酒の記憶をいつでも呼び戻せるようでなければお酒を正しく判断しているとは言えません。素人の酒好きのように簡単に「あの蔵は味が落ちが」などと口にすることは板前の風上にも置けない所業です。


しばらく味わっていなかった奥播磨の出品酒の人気の変化は果たして味の変化なんでしょうか?少なくとも私の舌には劇的な変化があるとは思えません。頻繁に使っていたあの頃と変わらない味わいと品質の高さであるように舌が感じています。・・・・とすると、お客様の好みの傾向の変化なのでしょうか?であればなんとも嬉しい好みの変化ではありませんか。淡麗だけでない日本酒の味の豊かなバリエーションを受け入れる日本酒飲みのが増えてくれば、日本酒を否定的にしか語れない方々の肩身が狭くなってきます。実に好ましい。これほど豊かな日本酒のバリエーションが楽しめる時代は未だかつてありません。たっぷりと様々な味わいを楽しみましょう。