総上がり


料理屋の世界では職人がその料理場を退職する時「上がる」といいます。


ほとんど見たことがないNHK連続ドラマの舞台は老舗割烹旅館らしく、今日チラット見たシーンは職人が急に上がってしまって皆大慌てというような設定であったようです。


経営者と調理場を預る職人が別の場合、双方の意見が合わなくて喧嘩、「こんな店辞めてやる。おい、みんな総上がりだぁ!」


いかにもTVドラマっぽい雰囲気ですが、調理長が配下の職人を全員連れて上がってしまうというケースは少なからずあるようです。世間で考えられる意固地な職人の行動の典型のように見えます。いきなり全員辞められた日にゃ経営者は大弱りなわけです。「すでに入っている予約はどうする」「今日の今日では腕のある職人なんて見つからない」 利益を上げることを一義に考える経営者と、仕事の良し悪し、やりがいで考える職人がぶつかるのは目に見えています。こんなケースは日本酒蔵でもあるそうで、私がずっと追いかけているある杜氏さんも蔵元の拡大路線についていけなくてお辞めになった話を最近聞いています。


それほど、経営者と職人の微妙なバランスは難しいものなのですが、中には料理を見ただけで二人の関係は理想的なのだろうなぁと思うこともあります。


以前に伺った奥湯河原の「指月」は女将さんと親方の信頼関係は見事に料理に現れていて揺るぎのないもののように見えました。


修善寺「あさば」でも同様です。ざっくりしたてらいのない料理に感心して
「親方は若い方なんですか?」と伺うと、返ってきた答えは
「いえいえ、もう六十になるんじゃぁないでしょうか」
「でも料理の感性は30代とも感じますよぉ」
「若主人と調理長がよく献立のことで話し合っているようですから」とさりげなく。


若い主人の意向がベテランの調理長に伝えられるというのはすばらしい関係です。お二人にはお会いしていなくても料理頂戴すればその良好な関係が見えるというのは凄いことなのです。こういう店に総上がりはありえません。