料理人の危機意識


私の偏見かもしれませんが、お客様の集まる傾向によって料理人が伸びるかどうか、危機意識を持つかどうかが変わってくるように思えます。


昔、豪華客船クイーン・エリザベス二世号が日本に立ち寄った時に食事に訪れたというお得意様は、声をそろえて「世界のQEⅡの料理があんなもん?」とおっしゃっていました。日本の顧客が軽く見られたのか、実力のあるシェフが不在であったのか・・・実際に食べていない私にはよくわかりませんが、閉ざされた空間、一度入ったらそこでしか食べることが出来ないというシチュエーション(船はまさに閉ざされた空間)で料理人がモジュベーションを高め続けていることは至難の業です。一回失敗しても明日も必ず来てくれる場所と、今日の失敗で二度目は絶対来てくれない場所では心持が違ってくるのは当然です・・・というか、私なら気持ちが緩んできそうです。


逆にターミナル駅の大衆的な料理屋も同様です。旅をしている人、「とりあえずこの駅で何か」とフリーで入ってくるお客様がリピーターになる可能性は低く、「まっ、駅前だから仕方ないかぁ」と諦めて食べることがよくあります。実際私がそうです。明日は来ないであろうお客様、いつも変化しているお客様の前では料理人の緊張が緩むことは間違いありません。これも、私ならきっと緩みます。


さらに、料理学校の先生などというのも難しい仕事です。入学すれば生徒は少なくとも一年間は必ずついてきます。街場の料理屋と違って、今日この料理が不味かったら明日はお客様が誰も来ないかもしれない、という緊張感とは違うところで仕事をせざるを得ません。私が同じ仕事をしていたら料理の美味しさやお客様へのもてなしという意味でのモジュベーションを高めて続けるのはかなり難しいだろうな・・・とおもう職業の一つです。


私が思う難しい職場で緊張感を保っていらっしゃる方々は見習わなくていけませんね。


そして、主婦。毎日同じ家族に同じように料理をし、下手をしたら美味しく作っても一言もない旦那や子供を相手に常に「美味しいものをひとつでも」と何十年も思い続けるのは、これこそが至難の業なのです。私のような料理人は美味しくなければ明日の生活がないところで仕事をしているからこそ、本来自堕落な性格でもなんとか緊張感を保とうとすることが出来るのですが、主夫は・・・絶対無理・・・です。その意味で料理上手な主婦は尊敬すべき存在です。