客あしらい


料理人としてよりも食べる人としての能力のほうが上・・・・かもしれない・・・・と、自分自身で思ったりするほど、食べることが好きな板前です。お目当ての店に入ると、店の方が比較的早く存在を覚えてくださるような気がするのは、手間味噌ですが、店にとって最上の客であろうとする気持ちがそうさせてくれているかもしれません。まっ、ほとんど自らの思い込みではあるのですが。



先日伺ったあるうどん屋さんは少々離れた場所にあるものですから、一年に三回ほど訪れるだけです。お得意でありたいとか、名前を覚えてもらいたいとかいう強い気持ちは全くないのですが、前回もその前もさらにその前も、おかみさんから「遠くからお越しですか?」と聞かれてしまいました。つまりその度に一見(いちげん)であると思われているようです。素晴らしい味で名店の誉れ高い店ですので、遠方からのお客様が多いらしく、ほかのお席でも「遠くからお越しですか?」の声が聞こえてはいました。年に三回(といってもすでに10回以上訪れています)くらいで覚えてもいてもらおうと思うほうがどうかしているのか?そろそろ「毎度ご贔屓に」と店が覚えるべきか?


ともかく、これでは前言の「存在を早く覚えてもらえる」は撤回しなくてはなりません。




車で一時間ほど走ったところにあるお菓子屋さんのお菓子は絶品で、時間をかけても出かけたいと思う味です。この店ではおかみさんはとてもクールです。もちろん何度も伺っていますので、顔は覚えていてくださるでしょうし、もしかすると私の素性もご存知ではないかと思います。でも、「いつもありがとうございます」でも「お暑いですねぇ」でもなく、ニコリともせずに淡々と注文を聞いて手際よく包装して手渡してくださいます。(笑顔はただなんだけどなぁ・・・)と心の中で思いつつ、(笑顔で味が変わるわけでもないかぁ)と諦めて注文の品をいただいてきます。もしかすると、えこひいきが嫌いなのかもしれない・・・というのは考えすぎか。



両方の店は客の顔を覚えて、愛想をふりまいたり、「いつぞやはありがとうございました」や「毎度ありがとうございます」の言葉など必要ないほど、味そのものが素晴らしいことは誰にも否定できないほどの名店です。味わいが素晴らしければ、客あしらいや愛想はなくても店は充分成り立つのです。私なんぞ、味に自信がない分お客様に愛想よく振る舞い、ないに等しい記憶力を搾り出して「先日はありがとうございました」といいながらPCで検索をかけて以前の履歴を頭に叩き込もうと必死です。


味と客あしらいの妙、両方を兼ね備えるというのは難しいものです。