職人受難の時代


昔父の時代に私ン処で一番をはっていた職人に久しぶりに会いました。


そろそろ還暦、自分の店を持つような才覚に恵まれた人ではありませんでしたが、真面目にひたすら真面目に仕事に取り組む職人でした。その彼が今は私ン処の20代のスタッフより安い給料で居酒屋さんに雇われているのだそうです。大きな舞台はこれから望むべくもありません。今ではそういう職人にとって華やかな舞台自体が存在しないのですね。


巷では一ヶ月の研修で「店長」を養成してしまうような全国チェーンの居酒屋と、なんちゃって創作料理の新和食のようなものを売りにする店ばかりがもてはやされ、修行を積んだ職人を高い給料で雇うような店は青息吐息です。給料が高く、自意識が過剰な職人気質は、経営効率の前では邪魔者でしかありません。このまま真っ当な料理を出そうとする店が廃れ、職人なんぞ必要のない店が幅をきかせる傾向が進んでいけば、「腕さえあれば食べるのには困らない」などという職人信奉は崩れ去り、どの店も似たような味しかない世の中になってしまうでしょう。


自分の子供に「父親が職人であること」を誇れる時代はもう来ないのかもしれません。世の中がそれをよしとしているのです。「ものづくりの時代」なんて、こと「食」に関しては幻想になってしまうかも。