屈強な酒飲み

男性、年齢はおそらく60歳くらい、風貌からして一刻そうなお客様のお酒のご注文です。


「すっきりした辛口のお酒頂戴」


お持ちしたのは「手取川大吟醸 金沢局鑑評会金賞受賞酒」


出品酒とは思えないほど吟醸香を抑えた切れ味のいいお酒です。


「うーーーん、イマ一といいたいところだけど、イマ三くらいかなぁぁ。普通の純米の辛いやつでいいよ。大吟醸なんて一杯で充分だもん」


こういうお客様は明確な酒の好みをお持ちの方なのですが、決め手の一本を見つけるにはとても苦労する屈強な酒飲みです。“普通の純米の辛いやつ”・・・・といってもお口にあうのはかなり限定されるはずです。特に私ン処ではこの手の「昔からの酒飲み」に好まれるお酒は少ないほうです。


香り、特に吟醸香のある酒はすべてダメ、本醸造系も無理でしょう。あえて言えば、「菊姫」の普通の純米のようなお酒がいいのでしょうが、農口さんがいなくなった今の菊姫さんのお酒は置いていません。


試に・・・・と、試飲していただいたのは「奥播磨山廃純米」「田酒純米大吟醸百四十」「益荒男大吟醸斗瓶囲い」「義侠平成9年40%中取り」と、“ものは試”の「久保田百寿」


ラベルはお見せせずにグラスに一口づつ並べました。


百寿を評して「まぁ、なんと個性のない酒だねぇ」 奥播磨は「こういう甘いのじゃぁ・・・」 田酒は一言もなく、益荒男に「あえて言えばこれが少しはマシな感じかなぁぁ」  


やっぱり農口さんかぁ・・・・と思いつつ「申訳ありません。マショクにあうお酒がありませんで。では、こちらでなんとかご勘弁を」と益荒男で我慢していただきました。結局召し上がっていただけたのは、チビチビと一合だけ。やっぱりご満足とはほど遠いのかもしれません。


もちろん、私が「もしかしたら」と選んだお酒は、すべて絶対評価の高い素晴らしいお酒ばかりであるという自信はあります。要はお客様の好みなのです。普段が恵まれていて、私の我儘に付き合ってくださるお客様ばかりですので、「屈強筋」の方が見えるとアタフタします。普通に辛いお酒、普通に美味い純米・・・・ありそうでないのです。とういより好みを越えたところで考え、さらに公平に見るとこれまで一本もなかったのかもしれないのです。


「昔の酒はよかった」というようなお話を聞くと、戦中戦後の三増酒の時代、灘伏見大手普通酒の時代、新潟普通酒の時代に、普通に美味しい純米の辛口を真っ当に造る蔵がどれだけあったでしょうか。今大吟醸がもてはやされる時代でも酒飲みが愛する普通に美味しい純米辛口があるかどうか?もしかすると“普通に美味しい純米の辛口”は昔からの酒飲みのイメージの中にあるパラダイスなのかもしれない・・・・などと思ったりします。


・・・・というのは負け惜しみ。何か決定打があったら教えてください。80%の酒飲みが満足する普通の純米辛口。