変わらなくていいもの


「伝統」と呼ばれる料理、定番といわれる料理も変わるべきものである、変化がなければ生き残っていけない・・・・というようなことを日記に書いたことがあります。


実際私などが携わる老舗と呼ばれる店の料理も、いい店の料理は10年を経れば確実に変わっていることが多いものです。そうでなければお客様は離れていってしまします。


なにより、近頃では素材が変化し、輸入される食材も数年で激変しています。


ところがそうでなくてもよい店もあります。


かれこれ20年以上、年に何回か思い出したように出かける洋食屋さんは、20年間献立がほとんど変わっていません。


ドミグラスソースがたっぷりかかったトンカツはラードで焼くように揚げたあとオーブンで仕上げたもの。オムライスは20年前から薄くかかった卵がきれいに半熟で、今のようなブームになろうとならまいと仕事はずっと変わっていません。


寡黙なご主人の口からはドミグラスソースに3日かかろうと、一週間かかろうとそんな自慢さえ聞いたことがありません。


手に入りにくい黒豚が入らなければ店を開けない・・・・なんてとんでもない。普通の豚を普通にちゃんと美味しく揚げてくれます。


20年前と同じ献立、同じ味でも全く不満がありません。もちろん最先端をいくとんがった洋食も食べてはみたいのですが、普段フラッと寄る店はこんな店がいいのです。


若かったご主人の髪には白いものがたいぶ目立つようになって、カウンターの隅で宿題をやっていた娘さんはたぶんもう成人してしまっているのでしょう。ご主人の仕事は若い頃修行されたときのままで、引退するまでその仕事をきっちり繰り返していくのだと思います。


食の世界も変化に対応し、新しいものを求めていく店だけが生き残るような時代になってしまいましたが、街のこういう変わらぬ洋食屋さんがちゃんと生きてゆけるというのも大事なことなのではないかと感じるのです。