好み


江國香織さんの「ホリー・ガーデン」の中にこんな文章があります。

たとえば、凝りすぎたつくりの店や仏頂面した頑固親父のいる店、たとえば何がしかのポリシー----有機栽培の野菜しか使わないとか、ミネラルウォーターでご飯を炊くとか-----を持つ店などは、果歩にいわせるとすべて「恥ずかしくていたたまれない」のであり、小ぢんまりしすぎた店も、「店主と常連客の特別の意識がありそうで、いやらしくていかがわしい」のだった。


まさに私自身も個人的に通わせていただく店にこういう店はありません。


普段からこのサイトに立ち寄ってくださる方々で、まだ実際に店においでになっていらっしゃらない方は、さぞ薀蓄の多い店であろう、店主の自慢話をたっぷりと聞かされるみせであろうと思われるかもしれません。確かに日記上では言いたい放題、たくさんの料理屋話をさせていただいているのですが、現場ではすべてのお客様に対して同じように接しているわけではありません。


たとえば、夏の献立に「京都産加茂茄子 巻き海老と伏見唐辛子のあんかけ」という献立があります。


お座敷では基本的に料理をお出しするのはお運びの女性です。お客様がお話に熱中していらっしゃれば、何も申し上げずにただお出しします。あまりお話に熱中しすぎていらっしゃるようなら、さしさわりの無い程度に「お熱いうちにどうぞ」と申し上げることもあります。


料理に少しでもご興味がありそうでしたら、「京都の加茂茄子でございます」


もう少しいけそうなら「京都の加茂茄子に海老と伏見唐辛子のあんをかけてみました」


お客様に「きれいな彩りですね」などとおっしゃっていただければ「天然の巻き海老を使わせていただくと自然にきれいな色に仕上がるような気がします」とか。


「しっかりした茄子ですね」などとおっしゃっていただければ、簡単に加茂茄子、丸茄子、米茄子の違いをご説明したり、調理法を申し上げることもあります。


「古そうな器ですね」などとおっしゃっていただければ、「昭和初期くらいの京焼です」などと器の由来を喋ることもあります。


が、
すべての説明はご無理のないように、いやみのないように不遜にならないように気をつけなくてはいけません。そういうお話が料理をさらに美味しくすると思われる方もいらっしゃれば、多くのお話は余計な薀蓄話に聞こえるという方もいらっしゃいます。


器に関しても素材に関しても調理法に関しても調味料に関しても手抜きはないつもりではあるのですが、手抜きのなさをすべてご披露する訳にはいきません。


なるべく控えめに控えめにというのが現場でのスタンスなのですが、ご興味がありそうだと説明したことが「講釈が多い」と批判的にどこかで書かれたり、お話に熱中なさっているようなので何も言わないと「面白くなかった」とご機嫌が悪かったりという不都合がどこかで必ずあることも事実です。


お好みがひとりひとりすべて違うお客様・・・・・・難しい。