蓼酢〜梅醤油〜梅肉


初夏、鮎の季節です。


私ン処では浦川、気田川、寒狭川など近隣の川の鮎を釣師の方から魚屋さんが手に入れているものを使っています。


天然の鮎はまずは塩焼き。ほかに芸がないのかと言われても塩焼きが一番だと思っています。


ご家庭では塩焼きや小さな鮎をから揚げにしてそのまま召し上がると思うのですが、料理屋の鮎の塩焼きには「蓼酢(タデス)」がなくてはいけません。


小さな笹の葉のような蓼の葉っぱをたくさん毟り取ってすり鉢でペースト状になるまですりつぶし、湯でふやかしたご飯を加えてさらにすりつぶして、選んだ酢と煮切り酒でのばします。


ご飯は酢にとろみをつけるために使うのです。そうしないと蓼が沈殿してしまいます。


緑に酢を加えるとすぐに変色してしまいますので、鮎を焼き台に乗せた時「それ!」蓼をすり始めます。


塩焼きにこのピリッと刺激のある酢をつけることで、さっぱりと鮎の香りを壊すことなく召し上がっていただけます。


私ン処で作る蓼のたっぷり入ったとろっとした蓼酢は、そのまま飲めるほどのひそかな自慢のタレなのですが、なかなかご理解いただけません。


蓼酢に何も手がつかないで鮎の骨だけが下がってくると、ちょっと残念な気分になります。だまされたと思って試してみていただくといいのですが。


同じく、初夏には鱸(スズキ)の洗いも美味しくなります。


浜名湖の今切れ近辺、2kg前後の鱸はこの辺では「マダカ」と呼ばれ釣り人の間でも狙う魚の第一番のようです。


洗いにした鱸は梅醤油で召し上がっていただきます。


紀州の梅を黒焼きにしたもの、煎ったお米、醤油、酒、少量の味醂を煮詰めたものです。


ちょっと濃い目の醤油にかすかな梅の香りがあって洗いにはぴったりです。こうなると、お造りはマダカの洗いだけで充分のような気がします。三つも四つも魚を皿に並べるよりは潔く洗いと梅醤油だけ。


ひんやりとした食感が涼味を感じさせてくれると思います。


さらにこの時期は鱧もよろしいです。


お刺身にする小ぶりの鱧は湯通しして鱧チリに限ります。


骨きりした鱧は沸騰した湯にまず皮だけをつけ、何秒か置いて、次に全体をさっと湯につけます。ほんの数秒。ぱっと白い花が咲いたようになって即氷水につけます。


鱧チリには梅肉醤油。


これも梅肉醤油以外は考えられません。


裏ごしした紀州の梅を煮切り酒、薄口醤油でのばして作ります。もちろん梅、酒は出来るだけ選んだものを使います。


蓼酢も梅肉も実は食材屋で瓶詰を売っていて、たぶん多くの日本料理店がこの瓶詰でお手軽に・・・・と言うよりは人手の都合もあって使っています。蓼酢も瓶詰めでないにしても薄い、もしかしたら蓼が入っているかもしれない・・・・くらいの蓼酢をよく見ます。


タレの類に手を抜かないことは極々真っ当なことのはずではあるのですが、簡単なフレンチドレッシングでさえ自分で作らないで、訳のわからない和風なんとかドレッシングが蔓延している昨今、普通のものを普通に手間を掛けて当たり前に美味しくするというが、下手をすると立派なことに見えてしまうとしたら食文化はかなりゆがんでいます。


などとご立派なことを言っていますが、この真っ当な仕事に行き着いたのが私などやっと30歳も半ばを過ぎた頃でした。私には手を変え品を変えした変化球よりはこの手の仕事が向いているのだ気が付くまでに長い時間がかかってしまったのです。お恥ずかしい。