あかね空


山本一力「あかね空」が面白かったです。


直木賞受賞作ということなので、すでに読まれた方もたくさんいらっしゃるのでしょう。


京都の極貧農家に生まれた永吉が、豆腐職人として一人前になり、当時としてはきっと異例であろう江戸へ渡って豆腐屋を開く。同じ長屋の桶職人の娘と夫婦になり子をなし家業をついでいくという物語。いわゆる江戸物です。


チャンバラもなければ、物語の頂点をなすような劇的な事件もありません。江戸物にありがちな庶民の人情の厚さを強調するでもなく、人々の心情の機微と言うのはある意味現代の私たちにも通じるようなものです。それでも、読み進めば進むほど時代を超えた人間描写が私の心をつかんで離しません。


さらに物語のディテールの時代考証や生活観のとらえ方が地についているためか、TVなどでよくありがちな現代人の生活にちょんまげをつけただけのような違和感がないのも、物語に力を感じさせる要因かもしれません。


もう一つ私の心に響いたのは、小説に描かれる職人たちが地道に地道に働いて家族とともに生活していく姿です。当たり前ですが、そこには会社があるわけでなく、利益追求のためや経済効果優先のための企業があるわけでもありません。職人がいて商人がいて家族があって日々の生活が営まれています。身につけた技術が生業を成します。


職人が職人として生きている時代がそこに見えます。