妥協その一


自分の料理店を持つなどと言うのは、ほとんど妥協妥協の繰り返しなんであります。


特に職人などという仕事にのめり込んでしまった人種にとっては、いい素材を使いたい、いいお酒を出したい、いい器を使いたい・・・・・・でも値段が高ければお客様は来てくださらない。


店を維持でき、お客様が集まってくださる価格帯と自分の技量との折り合いを上手につけて、「この辺なら」と店のレベルを決めます。


職人として持つ100%の技量に見合った内容で勝負して、後から値段がついてくる、などという幸福な店をもつというのは至難の業なのです。特に初めて自分の店を持つ場合には。


定期的に参加している職人集団の勉強会では、毎回講習を担当する料理人が自らの勉強の成果を立派に披露してくれます。


一昨日の深夜行なわれた勉強会は中華料理。27歳の若い職人さんが様々な種類の四川の豆板醤を使って、辛味のバリエーションを教えてくださいました。


彼がいる店は超繁盛店で、コース料理やアラカルトでその能力を発揮しているのですが、今回見せていただいたような職人としての技術が、一般のお客様に100%反映されているかというと、やはり普通のお客様は「マーボー豆腐」「エビチリ」の範疇からなかなか抜け出てくださらないものです。


たとえば、和食の職人でも、技術や様々な献立をたてる能力を持ちながら、冷凍の鮪のお刺身と、冷凍の海老の天麩羅と、薄い出汁で作った茶碗蒸を作る場しか持てない方がたくさんいます。


自分の技術を100%発揮する場を創りだし、使いたい素材や、使いたい器を使い切る場を自らクリエイトできることも職人の大切な能力、いえ、もしかするとそれこそが最も大事な職人の力だとも思うのです。


本当はこんな仕事をしたいのにとか、自分の実力はこのくらいの食材では発揮できないとか、お客はわかってくれないとかいう言い訳は、結局のところそれ以上の場所にのし上がれない自分の力のなせる技なのです。


実のところ、私の20代から30代にかけてやってきた仕事と言うのは、全く鬱憤の塊でありました。今でも決して100%ではなくて、理想形の60%くらいしか到達できていないのではありますが、やっとここまでこられたという実感もあります。


将来を考えても、お客様の感性との妥協点を見出すと言う意味では、職人の満足度はお客様の満足度の20%くらい先を見つめているくらいであるのが理想です。


それでも、使わせていただいている食材や器は職人としてはとても恵まれていて、それを御支持してくださるお客様がいらっしゃるのは幸せと言わなくてはいけません。


なによりもお客様に感謝。