停年


「楽ですよーーー。店を小さくしていくことだけ考えればいいんですから」とおっしゃる料理店のご主人。


名古屋 栄のど真ん中で日本料理店を成功させ、引退までの仕事のつもりで、奥さまの故郷である奥浜名湖湖畔に一日一組だけの料理店を開いて15年。私が伺うのは3回目です。


「家内と二人ですから、それに見合った仕事とお客さましか受けられません」と今は、できれば、一ヶ月に15日ほどの仕事量に押さえてもいらっしゃるようです。


体と相談しつつ仕事をなさっています。ご子息が跡を継ぐわけではなく、静かな田舎でそのまま引退できます。


私ン処の従業員全員で、勉強も兼ねた食事会ですから、ご主人の理想のキャパシティからは少々オーバーしてしまいましたが、素材を活かした料理と、奥さまの素朴なサービスはコストパーフォーマンスが非常に高く、満足のいくものでした。


69歳の料理人の仕事とはとても思えません。と言ったら、失礼に当たります。私が69歳になっていたら、このレベルの仕事を維持していく自信はちょっとありません。


昔から、手抜きをしない仕事を当たり前にこなしてきた方は、年齢に関係なく仕事に筋が通っています。


料理人の引退への形としては一つの理想型かもしれません。


食後、ご主人とカウンター越しにお話をさせていただきました。


仕入れのこと、調理法のこと、などなど。


「お客さまに、他のお店を紹介して欲しいって言われたときはどうなさいます?」と私。


「あまりいい加減なことは言えませんから、主人が自ら朝仕入れに出かけて、自ら包丁持つ店なら、とご紹介しています」


よかった。
そこんところは私ン処もクリアしている。