器
店で長年愛用してきた冷酒用徳利は京都の金子正宏さんのガラス器でした。
残念なことに金子さんが病に倒れ、創作活動ができなくなって数年、ガラスのつらいところで、大切に使っていてもかけたり割れたりして残りは一つだけになってしまっていました。
そのことを知ったギャラリー「アートノルネ」さんが金子さんのアトリエに残る在庫を引き受けてくださいました。
頂戴したのは残った徳利全部。
金子さんの病気以降、様々なところで徳利を探していたのですが、金子さんの作品以上に気にいるものはいまだ見つかっていませんでした。はんなりと繊細で包み込むような美しさを備えたガラス器というのはなかなか出会えないものなのです。
いただいたこれらの金子さん最後の作品、大切に大切に使っていかなくては。
同じ日にお椀の修理ができあがってきました。
半年前に五客分の磨き直しを秋に間に合うようにお願いしたものです。
ガラス器とは逆に割れることのない輪島塗りですので、祖父の時代に購入したものを塗り直したり磨き直して長い間使えるのはとてもありがたいのですが、一個の単価がドキドキするような値段で修理だけでもちょっとした器一個分くらいなのが辛いところです。
「こういう工芸品を理解できるお客様ってどれくらいいるの?」と訊かれることがたまにあります。
実際、普通に生活をしていると、輪島塗りに触れる機会は今ではほぼ皆無でしょうから、見たこともない器の価値を推し量ることは無理のはず。おそらく500人に一人くらいが「いい器ですねぇ」と思ってくださるだけで十分なのです。接客中に器のお話をすることも一ヶ月のうちに何度あるか、「あの店の器はそれなりだね」と心の内に感じてくださるだけでもありがたいことです。
因みにお手頃なランチで使っているお弁当箱も輪島塗りですが、「輪島だね」と気づいた方はいままでひとりもいらっしゃいません。
ただ、日本料理店ですので、料理の着物である器も店相応(客単価相応)であるべきなのは当然のことなのですね。
これってよく言えば、料理人の矜持、別の言葉で言えば自己満足とか独りよがりと言えるのかも。