蔵元と杜氏の関係

昨日話題にした獺祭さんでは、蔵の経営危機の時に杜氏に逃げられた苦い経験が語られていました。「杜氏は手抜きの天才」とも。


蔵元も杜氏も経営者 職人である前に人間ですから、人格的な葛藤があってもなんの不思議もありません。


お互いの齟齬があって馬が合わない場合、なんとかかんとか辻褄を合わせられる大人な対応ができる場合、蜜月とも言える関係が長く続く場合。


昔、料亭に元気があった頃の主人と調理長の関係にそっくりです。


そりが合わないといってけんかをしてしまったり、いい酒だけを造りたくても経営者としての蔵元の利潤追求志向と意見があわなかったり・・・などは、全国どこの蔵でも当たり前にあるはずです。昔は、造りに失敗した杜氏が(酵母の管理が難しかった時代です)夜逃げをしたり、はげしく対立して杜氏が蔵人全員をつれてやめてしまったりなどということもあったと聞きます。


料理店でも(調理長ではないですが)夜逃げは普通にありましたし、お客様がいらっしゃるのに激高した調理長が前掛けをうち捨てて出て行ってしまったり、総上がり(雇われている調理場全員が辞めてしまうこと)も普通にありました。


自分では造る経験もノウハウもない蔵元も、料理ができない料亭主人も万事休すです。




逆に、菊姫の柳さんと農口さん、天狗舞の車多さんと中さん、開運の土井さんと波瀬さん・・・続く、弥市さんと榛葉さん、数十年にわたる信頼関係で結ばれた幸せなマリアージュがある場合には、酒質の高さも評判の高さも群を抜いて高くなります。


一方、ある蔵を一年で辞めてしまった杜氏が同じ県の別の蔵で手厚く遇されて金賞連発となったり。。。と社会の縮図をみるような人間模様が繰り広げられています。



料理店でも同様なのですが、技術が高く人間的にも信頼できる調理長を雇うことができた料亭は料理面での成功が約束されるます。それと真逆にヤクザな性分で手抜きばかりを考えている調理長に当たってしまっては目も当てられないのです。




そういう葛藤の抱えてきた酒蔵は1990年代に入って、蔵元自らが杜氏も兼ねるケースが小規模蔵を中心に劇的に増えてきました。


有名な十四代がスターダムに上り詰めたのも、蔵元杜氏の方式が大成功をなした結果です。県内でも喜久酔、杉錦、國香、白隠正宗・・・と、次々に杜氏を雇わずに蔵元自らが造る蔵が増えています。自身の経営理念と造りが一致するのですから、その意味でのストレスはなくなり、造りたいお酒に手をかけるだけかける、評価は蔵元自身に直接跳ね返ってくるという縮図はこれからもますます増えてくるでしょう。


料理店でも店の名前以上に、シェフ、調理長の名前が脚光をあびるようになった平成に入ったころから、オーナーシェフの形式が劇的に増えてきました。日本料理だけでなく、フレンチイタリアンでも、名店で名を挙げたシェフが独り立ちして小さな店を開いて大繁盛というケースがたくさんあります。



そんなふうに蔵元と杜氏 料亭主人と調理長の関係を考えて見ると、Itやデータ以上に人間関係がいい酒、いい料理を造ると言っても過言でないような気もします。