「美味しそう!」の威力


津島千紗さんというライターが書いた文章を読んでいただきたい。


「レポ」という超マイナーな雑誌に付属するweb記事に載せられた文章が秀逸のなのであります。



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六つほど年上の夫婦の家にお呼ばれして、夕食をごちそうになったときの話だ。とても料理上手な奥さんの手のかかった美味しい料理をたくさんいただいた。豚の角煮に餃子、リーフサラダ、ナスとピーマンの味噌煮・・・本当に、お世辞抜きで美味しく、私たちは「なんですかこれーっ!!!」「すっごい美味しいですこれ!!」「料理上手すぎますね!!」といちいち絶叫、激しくリアクションしながら食べまくっていた。
 そこの夫婦には、三歳か四歳だかの長男リョウ君と、一歳ぐらいの次男がいた。次男は、まだ日本語を話さず、アブアブ言いながらニヘニヘと笑い、トテトテ走り回っていた。長男は、キラキラした黒目率の高いお目目に、長いまつ毛をバサバサさせてニコニコしておりとにかく顔がかわいく、また、非常に穏やかな性格で騒いだり走り回って暴れたりしない子で、恥ずかしそうに話しかけてくるのがすごくかわいいのだ。


 そんなかわいい子供たちと絡んだりしつつ食事をいただいていたら、奥さんがまたキッチンから何かを持ってきた。
「ピザ焼いたんだけど、ちょっと焦げちゃったあ〜ごめんね〜」
と言いながらテーブルに置かれた手作りピザは、確かに焦げていた。さて、これに対する長男リョウ君のリアクションである。


 彼は、迷うことなく、見た瞬間、
「でも、おいしそうっ!!」
とニコニコしながらコメントした。


 完璧である。百点満点どころではない。もう、これ以上ないくらいの完璧な答えだ。あのあと、大人の頭をどんなに駆使させても、これ以上が見つからない。


 ピザは別にひどい状態ではないし全然食べられるし、実際に本当に美味しかったのだが、「そんなことないですよ〜焦げてませんよ〜」と言うと明らかに嘘になる感じだ。
「全然食べれますよ大丈夫ですよ」
など、まあ普通とっさに人が言ってしまいがちだと思うが、「実際焦げてるけどね・・・」と思っている感じが出てしまっている。


「でも、おいしそうっ!!」
瞬時にこれを言ったっていうのが心から思っていることが伝わってきて、非常に良い。
これが少し間が空いて、大人が「でも美味しそうだよ」など言うと、どうしてもフォローっぽくなってしまう。無邪気に、瞬間にこれが出ないとダメなのだ。


 また、この「でも、」の部分が非常に良い。これが普通に「おいしそう!」だけだったら、「いや、だから焦げたって言ってんだろ話聞いてんのか」という間抜けな印象になってしまう。焦げているのは認めた上での「でも、おいしそう!」の完璧さはもう、恐ろしいレベルに達している。


「でも、おいしそうっ!!」を瞬時に出せる、この三歳児の男子力よ。もう、この子は一生女に困ることはないだろうな、って思いました。というか、もう、「二十年後待つわ!」ぐらいのハートの見事な撃ち抜かれっぷりでした。


「でも、おいしそうっ!!」を不意の状況からでもすぐに無邪気な感じで出せるトレーニングは今からでも大人もしてみてもいいかもしれない。
私はこのセリフは覚えておいて損はないと考えている。男に必要なスキルは、これだ。くれぐれも変な間をあけたり、わざとらしい感じを出さないように。台無しである。



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ね、いいでしょ。


長年料理屋をやってきて、「美味しそう!」「美味しい!」を効果的に発して料理人の心を射止める方というのは実は少数派です。


簡単そうに思えるんですけどね。


たっぷり批評的なお話を語る方が、実は「美味しい」の一言は決して口にしていない・・・なんてこともあるかと思えば、私がお部屋から出ようというときに、他のお客様に対してシミジミ「これ、美味しいねぇ」とボソっと語って胸を打ち抜かれたり。。。。


「美味しい」「美味しそう」絶妙の間 シチュエーションで発せられたとき、この一言に料理人は「この方のためには絶対に美味しいものを」と思ってしまうものなのです。





「でも、おいしそう」の一言でこれだけ文章を膨らませることが出来る津島さんの文章力も凄い。。。。このテク欲しいなぁ。