月9絡みゆえの


本屋で何気なく手に取っていた道尾秀介月の恋人」を読み始めたらあっという間にクライマックス。


今晩ベッドの入眠前にラストまでたどり着きそうです。


これはお得意様の○○様にお薦めかな?と思いつつ、mailを送るためのamazonのページを検索すると評価が道尾さんの割にはかなり低い(まっ、amazonの☆なんぞ全く当てにしませんが)、さらにはこの小説が月9ドラマのために書き下ろされた小説であることを知りました。


ってな具合で、おわかりのように月9という存在は知っていてもたぶん一本も見たこともないし、そもそも道尾秀介は新刊を必ず手に取るというほどのファンでもないのです。読んだことがあるのは「背の眼」「龍神の雨」「カラスの親指」「向日葵の咲かない夏」「月と蟹」「ソロモンの犬」「ノエル」くらいのものか?


その前に読んだ「月と蟹」に比べるとずいぶんとエンターテインメント色の強いわかりやすい筆致であるなぁ。。。と思いつつ楽しんだわけですが、「月9のための書き下ろし」とつい先ほど知って、なぁぁるほどと納得したわけです。私的には小説の由来がどんなものであるかを知らずに読んでめっぽう面白い内容にずいぶんと満足してきたわけですが(まだこれからラストをむかえるんですけど)、どうやらnet上で拝察する限り、道尾ファンは「我らが道尾が月9とは何事か!」という憤懣やるかたない様子が見え、しかもどうやら月9そのものが、その枠、キャストの割にはかなり低視聴率であったことも「あああ、我らが道尾が。。。」という仕儀になるらしいのです。


月9の様子をwikiで見ただけでも、小説の内容と脚本キャストはかなり変更があるようですし、私が小説にいだいたワクワク感はドラマ作りの時点で実現できなかったという様子がわかります。


これがたとえば、ドラマそのものが「あまちゃん」「半沢直樹」並みにヒットし、小説には縁のない方々が道尾秀介の名前を頭に刻み込むくらいの出来であったとしたら、道尾ファンの動向も違っていたんでしょうね。


1960-70年代にごりごりのジャズプレーヤーが、CMのために耳に心地いいイージーリスニングに走ったとしたら、ジャズファン総スカンになったに違いないっていうのと同じ感覚なんでしょうか。でも今の時代、大友良英さんをノイズやフリーで知っているファンにとって、彼があまちゃんの音楽を手がけても拍手を送れるいい時代の流れもあるのですが。。。。


ああ、やっぱりファンって面倒くさい。私はいい小説だと思うんですけどね「月の恋人


原作と映像 どっちが優れていて、どっちを先に鑑賞すべきか? どっちかをスルーすべきか?


優れた小説は映像を見ない方が幸せなような気もするし、優れた映像を見てしまうと原作を読んだときに映像からの影響が大きすぎるし。。。


間違いなく言えるのはTV映像化されたものが原作より優れているケースはほぼないってこと。


月の恋人: ―Moon Lovers (新潮文庫)

月の恋人: ―Moon Lovers (新潮文庫)