酒造りの迷信その5


酒蔵の印象というのは大きな木樽がいくつも並び、天井や梁には古いカビのような物がびっしりあるような処という印象がありませんか?酒のラベルに「蔵付酵母」なんていう言葉が書いてあったりすると、蔵に自然に住みついた天然酵母なら美味しいお酒ができるに違いない・・・なぁぁんて単純に美化して考えてしまいそうですが、今の酵母はまさにバイオの時代です。試験場で大切に培養された純粋な酵母によって安定した美味しいお酒ができるのです。蔵で育った酵母も厳重に科学的に管理されているのが今です。


酵母はお酒の質を左右する極めて大切な要素です。静岡のお酒が全国的に見ても全体でかなり高いレベルのお酒を造る蔵がそろっているというのは、まさにこの酵母のおかげであるといわれています。沼津の県工業技術センターの所長さんであった河村傳兵衛さんが昭和60年代に造られた「静岡酵母」によって静岡の各蔵のレベルが飛躍的に延び、桶売りに頼るような蔵が極めて少ない地域になりました。その後、全国でも県単位で酵母が造られ各地元の酒蔵に大きな影響を与えています。


繊細な生き物である酵母を操るからこそ、蔵は雑菌のない清潔な環境が必要で、酵母は試験場で化学的に育てられなければなりません。発酵のメカニズムが科学的に解明されていない昔は、酵母の作用が明確把握できなくて桶一本がすべて台無しにしたり、蔵全体に雑菌がいきわたってしまって杜氏が夜逃げをするというような事態まであったそうです。まさに熟練杜氏でなければ毎年安定した酒造りができなかったのは経験だけしか頼るところがなかったからそこなのですね。蔵の梁にカビが・・・というような雑菌が多い場所では安定したお酒が出来ることは全く望めないわけで、現在のように技術が向上し、科学的に酵母の作用や味わいの違いが解明されてくると、素人がイメージだけで美化した酒造りとは違うレベルで美味しいお酒が造られていると考えて間違いないのです。


今注目を集めている若い造り手が、東京農大などで醸造学を学んだ経験を生かしているというのも、今の時代を象徴しているように思います。



もうひとつ


いいお酒はいい水から。


日本酒はワインと違ってほとんど水でできているといってもいいほど、洗米から蒸し、醪つくりから加水まで大量の水が欠かせません。ですから豊かな水に恵まれた場所でなければお酒を造ることは基本的に不可能です。当然のように酒蔵は水に恵まれた地で始まっているのです。ただ、飲んで美味しいお水が酒造りに適しているか・・・というとそういうものでもないのだそうで、日本中の各蔵から仕込み水をいただいても「へーーー、この水でこんな美味い酒ができるんだぁ」と正直思ったこともあります。また、醸し人九平治さんのように名古屋の街中で蔵を営むところでは、タンクローリーで長野まで水汲みに出かけているとか、初回で紹介したように飛露喜さんは水道水(山奥の美味しい水です)で仕込んでいるとか(伝聞ですが)、それぞれの蔵がそれぞれの取り組みをしているのですね。さらにいえば、現在のような掘削技術の発達で、深く地下水を掘り進めることは昔ほどの困難ではなくなっています。とはいっても、豊富な水量が酒造りを支えていることだけは間違いありません。


ただ、日本のように美味しい水が豊富な場所では、この地域のこの場所でなければ美味しいお酒ができないというほど水の味の地域差はないのではないか?・・・と感じています。その辺りは蔵元 杜氏さんのお話を聞いてみたいものですね。