新就職先


年末の一ヶ月間 店に研修に来てくれていた、当時調理師学校の学生が、就職後初めて店を訪れてくれました。


「どう?慣れた?仕事は順調?先輩は?」などという私の質問に


「仕事はやっぱり大変です。でも一番大変なのは、ここで勉強させていただいたような板前の仕事がほとんど出来ないのがストレスです」と。


彼女が就職したのは全国に何件ものリゾートホテルと展開する会社です。最初に配属されたのはバイキングの部署だそうで、朝、5時から6人で300-600人分数十種類の料理を作っています。


とはいえ、短い時間で大きな人数を少数スタッフで仕上げなくてはならないので、ほとんどは既製品なんだそうです。それはコース料理の部署でも同じみたいで、袋から出して暖めるだけでできあがる品物が幅をきかせているのだとか。


「こちらで研修していたときに、全部が手作り・・・っていうか、一からすべて料理しているのに驚いたことに比べたら天と地の開きです。やっぱりそういう仕事を覚えたいです。卵焼きですらお湯にぽちゃん・・・なんですから」とちょっと悲しそうに語ってくれました。



研修に来ていたときにはすでにはその就職先は決定していて、有名処の仕事に意欲を燃やしていたのですが、想像するのと実際に触れるのでは大きな違いがあったというわけです。


大企業での従業員の待遇は抜群、休日や仕事時間も理不尽ではなく、就職先としての安定感があるところに新規採用で応募するのは当然です。板前の業界では有名ホテルなどはその最右翼であったのですが、長引く不況の影響で休日や仕事時間も昔のように安定せず、長時間労働が当たり前になっている上に、コスト管理が厳しい職場ですから、少ない人数で安いコスト。。。勢い既製品のオンパレードは大規模店舗であればあるほど仕方のないことになっています。我々の時代に憧れだったホテルの仕事の現状は想像以上に厳しいようです。実際、地元のホテルが何軒身売りをしたかを見渡せば、憧れの職場も形無しです。


それでも調理師学校からの就職先として選ばれるのは、私たちのような貧相な個人店ではなくて、「企業」が未だに人気なんですね。私がリニューアルで「弟子をもう育てない」と決めたのは、個人店に意欲と共にやってくる若者を獲得することの困難さを長年味わってきたからです。調理師学校に講師として出かけていた時代には、「企業」に就職するよりも優良な個人店の方が仕事は絶対に覚えられるよ・・・と学生達に伝えてきたのですが、それは100%彼らには届いていませんでした。その果てが「既製品オンパレード」の企業で愕然とする形で彼らに降りかかるようになってきました。


私が若者に伝えられるほどの立派な仕事をしているとは思っていませんが、既製品を袋から出すだけではない「板前」と胸を張れるような仕事だけをしていることは間違いありません。いまさら遅いんですけどね。