シフのけれん


万年クラシック初心者の私にとって、ベートーベン後期ピアノソナタといえばポリーニでした。


マウリツィオ・ポリーニが1970年代に録音を残した28番から32番のベートーベンは、完璧なテクニックと比類なき構成力で、天高くそびえるバロック教会の尖塔のような孤高の世界を築いた演奏であると私の耳には聞こえ、それを超えた演奏は未だ聴いたことがありませんでした。後期ピアノソナタは一生これだけ聴いて過ごせばいいとさえ思ったのです。


先日TVの番組表を見て気づき、録画しておいたNHKクラシック倶楽部「アンドリューフ・シフのベートーベン31 32番」を今朝聴いて驚きました。そこには私が知るベートーベンはほぼ存在しませんでした。頭に描かれたベートーベンはどこにもないのです。


同じ譜面を弾いてこれほど個性が違うこと自体が信じられません。シフのベートーベンにはバッハの影が宿り、モーツアルトのニュアンスが潜み、バルトークの後ろ姿さえ見えるようなシフだけのベートーベンなのです。


それまで聴くたびに打ちのめされたポリーニのベートーベンは、あらゆるピアニストがベートーベンの譜面と格闘し、完璧に再現した姿を究極があるとしたら、シフのそれはベートーベンの音符一つ一つをすべて譜面から取り外して、かき混ぜてからシフだけの指先で華麗に組み立て直したかのような音楽なのです。まるでエル・ブジのレシピを初めて目にした時の驚きと同じような鮮烈な感動があります。


びっくりしたなぁぁ。。。ソフアに張り付いたまま動けませんでした。


ベートーヴェン:後期ピアノ・ソナタ集

ベートーヴェン:後期ピアノ・ソナタ集