ものの価値


昨日話題にしたアンヌ・グロのリッシュブルーというワインは、一般的なお客様が気軽に注文する値段のワインではありません。


ただ、ブルゴーニュワインの魅力にとりつかれたワイン好き、しかもある程度のお金が自由になる方にとっては何度でもどっぷりとつかるように味わってみたいワインなのです。そういうワインの本来の魅力を知ってしまった方は、「リッシュブルーみたいな高いワインを買うくらいならチリワインにだって十分美味しいのがある」というような言動をする人はほとんどいません。コスト・パフォーマンスという価値基準では変えられない一生の宝物を知ってしまったと言うことなんでしょうね。ものの価値を知るというのはそういうことなんだと思うのです。


たとえば、この写真の幕の内弁当と下に敷かれた折敷、器だけでいくらくらいを想像するでしょう?



幕の内弁当の方は私が生まれる前から存在しますので、いくらで祖父が買ったのかはすでにわかりませんが、出入りの輪島塗業者に言わせると「10万〜15万円」といいます。下の折敷は五客で30万円でした。


輪島塗りというのはそういうものなのです。


このお弁当箱の一部を今、月に何回かあるコラボレーションの1000円サービスランチで使っています。


「1000円ランチでそんな器使うなんてばっかじゃないのぉ」と思われる方も多いかもしれませんが、私からすれば、月に数回のサービスランチのために新しく器を購入する方が「ばっかじゃぁないのぉ」と思うわけです。さらに、弁いちにお越しいただいたのならお手頃ランチであっても弁いちらしい器で召し上がっていただきたいという思いが強くあります。高い器を使っていることを小自慢にしたいわけでは100%ありません。ランチの時に器のお話をこちらからすることは絶対にありませんし。


ただし、これまで何百人からのランチを召し上がったお客様から「いい輪島だねぇ」と言われたことはただの一度もありません。(お椀もそれなり、ご飯茶碗、急須も注文して作ってもらった作家モノです)



先日YOU TUBEで話題になっていたバイオリン奏者の地下鉄駅演奏事件がありました。


世界的なバイオリン奏者が地下鉄(だったとおもうのですが)駅でストラディバリを使って路上パフォーマンスをしてもほとんど足を止める人がいなかったというお話でした。


興味のない人にとっては誰がどの楽器を使っても価値は感じられないってことなんでしょうねぇ(音楽好きの私にはどきどきするお話ですが)


料理店でもいっしょです。価値のベクトルがどこに向いているかで料理店の楽しみ方は違ってきます。


何万円の器を使っていようが、大根が美味しく焚いてあるかのほうが大事な人もいれば、このランチが1000円という値段に見合っているか、損得だけが大事な人もいる。スタッフのサービスばかりが気になる人もいるわけです。



私は料理人で料理店の主人ですから、店を表現するためにあらゆるベクトルにむけて最良の方法をとるための努力を惜しまないつもりでいます。自分の店が自分らしくあるためにどうしたらいいのか?それは料理であり、器であり、サービスであり、お酒の品揃えであり、お軸、お飾りであり、部屋の掃除であり、玄関のお香であり・・・・。ただ、お客様は多くの場合その一部、自分の興味の範疇だけで店を評価されます。私と同じレベルですべてを見渡している人は皆無のはずです。


特にコスト・パフォーマンスばかりに目がいく昨今の風潮の中は、素材の値段と料理の単価だけでしか店を判断しないかのようで、様々なものの本当の価値をどれほど理解していらっしゃるのか、疑問に感じることがあるんですねぇ。グルメランキングのようなモノを見ると、この投稿者はものの価値がわかってこの点数をつけているんだろうか?と思うこと頻繁なんであります。