日本の誇り


ブラジルの言葉に「サウダージ」というのがあるそうです。


日本の小説の題名になったり、映画のタイトルになったりしていますのでご存じの方も多いかと思います。昔調理場スタッフだった日系ブラジル人女性にその言葉の意味を聞くと「うーーん」としばらく考え込んだあげく「日本語で上手く表現できる言葉がありません」という答えが返ってきました。


言葉にはその国の生活と文化に深く根ざした、他言語では翻訳できにくい言葉あるのです。


同じように音楽でもその国に生まれ育った民族だから演奏できる音楽があるといわれます。世界中で演奏されるクラシックでさえ、以前は「ブラームスはドイツ人だからこそ表現できる」とか「レニングラードのようにチャイコフスキーを演奏できる交響楽団はほかには無い」といわれました。ジャズは昔黒人の音楽であったわけですし、その心までを知るために顔を黒く塗ってアメリカ南部を旅しろ・・・などという無茶な論考までありました。実際私なんぞ、日本人がR&Bの黒人のような歌い回しをすることに未だに違和感があります。


料理でも同様です。日本のフレンチ イタリアンが高いレベルで本国と同じように食べられるようになったのはつい最近のことですし、それでも「日本のフレンチ イタリアンはなっちゃぁいない」とのたまう食通達がたくさんいるそうです(日本料理の板前でよかったぁ) つまり彼の地の料理を表現するのはテクニックや勉強だけではない生活や文化まで含めた心根の部分での深い理解が必要なのです。




さて、ちょっと前に企業人でありながらパンデイロ奏者(パーカショニスト)のプロフェッショナルがいらっしゃるというお話を書きました。つい先日店を再訪してくださり、二足のわらじを履くその素晴らしい経歴や音楽話に花が咲いたのですが、演奏のCDも頂戴しました。


演奏テクニックの凄さはすでにYOU TUBEで以前に確認済みで、ただ者では無いことは重々承知していたのですが、このアルバムを聴いて驚嘆しました。


F to G

F to G

  • アーティスト: フィロー・マシャード・アンド・ゲンノシン
  • 出版社/メーカー: Happiness Records
  • 発売日: 2008/02/06
  • メディア: CD
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プロフェッショナルとしての演奏技術が凄いというレベルのお話ではないのです。最初の一曲から背筋がゾゾゾ・・・体中に電気が走りました。


パンデイロという単純なタンバリンのようなものが演奏者によっていかに表現力豊かな楽器になるのかもわかっているつもりであったのに、YOU TUBEで拝見した演奏を遙かに超えた多彩でリッチな表現は、フィーロ・マチャードと二人だけで演奏しているとは思えない広がりがあります。エッジが立ちまくるリズムの切れ、ビートの安定感とグイグイグルーブするドライブ感。十六分音符 三十二分音符の細かい音一つ一つの粒が際立って一つ一つにビートを感じてしまうのです。まるでバディー・リッチのドラムロールが一音一音スウィングして超絶であるのと同じレベルで。アンソニー・ウィリアムスが天を駆けるように音楽を別世界に連れて行ってしまうのと同じレベルで。


フィーロ・マチャードというお母さんのお腹から生まれた時にギターと共に歌いながら出てきたのではないかと思うほど、神様から特別な才能を授かった弩級の天才とテクニックで渡り合っているだけで無く、源之新さんのパーカッションはマチャードと同じ言語で語り合っているのです。つまりブラジル人のサンバを日本人が借り物として演奏しているのではなくて、生まれた時からサンバの産湯に浸かっていたかのように体中からサンバを表現してるのです。しかも、日本人の繊細さと緻密を加えて。


日本人が外国の音楽をマネでなく、彼の地で尊敬されるレベルで演奏し認められている例を、私は穐吉敏子さんと小澤征爾さん以外に知りませんでした。しかしながらここにもうひとり安井源之新というミュージシャンが存在していたのです。


これは間違いなく日本が誇る存在です。