まつわるストーリー 古酒


日本酒の古酒には思いいれがあります。


その扉を開いてくれたのは達磨正宗さん 出会いはたしかもう20年近く前でした。今でも達磨正宗は店の大切なアイテムのひとつですが、他にも酒屋さん、私自身が自ら寝かせた古酒がたくさん存在します。


先日までお客様に楽しんでいただいていたのが「葵天下 特別純米 平成4年」 掛川市大須賀のお酒です。



これはもう上質なドライシェりーの域に達していた逸品。


お造りになった鎌田杜氏も古酒としてこの姿になることは想像されていたなかったことでしょう。これほど素晴らしい古酒に出会ったのは久しぶりでした。古酒というと、多くの方が「紹興酒みたいぃ」とおっしゃるのですが、ひね香だけでたとえを紹興酒に限定してしまうには古酒のバリエーションはあまりにも広いのです。熟成の年月、管理温度、精米歩合アミノ酸度 様々な要素が組み合わさり長い年月を経たときにどんな娘に育つのか、イメージできる方はなかなかいません。


この葵天下を寝かせようと思った酒屋さんの慧眼に脱帽です。私が出会った古酒の中でもベスト5に入るシロモンでありました。




一昨日とうとう開けてしまったのが初夢桜 昭和61年 半田市亀崎のお酒です。



「とうとう」というわけは、このお酒が一番最初にいただいた記念碑的な古酒であったからです。今から十数年前、「こういう古酒があるんですよぉ」と酒屋さんに見せていたいただいたこの古酒にはどろどろと曇った滓が渦巻く普通の人が見たら「だめだ、この酒、たぶん腐ってる」と思うような個人的なコレクションとでもいえる販売ルートには乗らない古酒でした。聞けば昭和後期の地酒黎明期に活躍した池袋 甲州屋さんが関わったお酒なんだとか。いわば日本酒の偉人故甲州屋さんの遺品なのです。


そんな歴史的な品物をいつ開けるんだろうか?


とはいっても飲んでこその日本酒です。古酒ファンがいらっしゃった席で開けました。


先の葵天下平成4年とはまったく違う熟成感、ひね香、切れ味。


ラベルを見ると杜氏は高橋貞實さんではありませんか。志太泉の杜氏として活躍し、それ以前にも黒龍や刈穂にもいらっしゃった名杜氏、志太泉の時代には「高橋貞實」の名前を冠した大吟醸が素晴らしかった。


さらにはこのお酒を召し上がったあるお客様は、義理のお父様のご実家が半田亀崎である・・・と感激してくださることしきりでありました。


古酒が持つ歴史の深さ、たとえば甲州屋さんにまつわる物語、高橋貞實杜氏にまつわる物語、半田亀崎にまつわる物語、そして最近日本酒蔵としての造りを止めてしまわれた初夢桜さんの歴史を振り返る物語。たくさんのストーリーを語ることができるという意味でも古酒は素晴らしいのです。


いっぱいの思いをこめて日本にこの一本しかない古酒を堪能していただきます。