「武士の家計簿」「瞳の奥の秘密」「ソーシャルネットワーク」「完全なる報復」


昨年の夏からこのかた、シネコンはTVメディアミックスの日本映画が9割を独占し、創り手の志を感じるような「観たい映画」がない状態が続いていました。


さすがに年末から年始にかけてはそんな状態が少しは改善されたのか、少し暇になった年明けから四本の映画を観てきました。



まずは「武士の家計簿」


昨年末、原作者の磯田道史さんのインタビューをNHKFM「松尾堂」で聴いて、磯田先生の語り口の妙に惹きつけられ、即購読した本でした。なるほど、この本は磯田先生の新発見資料へのワクワク感が最初から最後まで貫かれていて、無味乾燥であるはずの家計簿から江戸時代の武士家族のリアルな生活観を見事に抽出した傑作でした。


その、ある意味学術的な本から映画の物語を作ってしまおうという発想がまず素晴らしい。逼迫した経済状況がまさに今の世の中にそのまま当てはまるとはいえ、家計簿から家族の姿を映し出した磯田先生以上に、映画スタッフの柔軟な頭と発想力に脱帽です。


その勢いをかって、つい先日同じく磯田先生の「龍馬史」を読んだのですが、こちらには「武士の家計簿」のような躍動感までは読み取れず・・・残念。


エンドクレジットのプロデューサーに「原正人」とあったのをみて、「おお、あの”21世紀の国富論”の原先生まで巻き込んで」と思ったら、大間違い。国富論原丈人先生でありました。と、無知で粗忽な私。



「瞳の奥の秘密」 たぶん初めてのアルゼンチン映画。 ホセ・ファン・カンパネラ渾身の一作。お話が進めば進むほど25年の時代の流れがそこここにひた流れていて、人間関係と事件に奥行を与えてくれる脚本。こういう傑作をちゃんと日本でみられる幸せ。こういう映画を日本のTVメディア・ミックス製作陣がみたらどんな感想を抱くのでしょう。



「ソーシャルネットワーク」 年明け早々にこういう名作に出会えて、何かいい予感さえします。


しばらく前の、TBSラジオ「キラキラ」金曜日の町田智浩さんのお話で、すでにこの映画がデイビット・フィンチャーの傑作であることは聞き及んでいたわけですが、その通りの白眉の一作。印象に残ったのは主要登場人物の顔つきの「らしさ」です。実社会では初対面の顔つきからの印象と、お付き合いが深まってからの人間像というのは一致することはまれなのですが、そこは映画、役者はそれを見事に演じています。主演のザッカーバーグ役のいかにも社会性のないぼんやりポーっとした表情、親友エデゥワルドの線の細い気弱そうな唇、海千山千なショーン・パーカー役のずるがしこそうな(これも)唇、昔なら学生スターであるべきウィンクルボス兄弟のボンクラぶり(これら一人二役であることの驚き) 顔つきだけで役周りが想像できてしまうような匠さに惹きこまれました。帰って、facebookにまず登録したりして(まだわけがわかりませんが)

 
「完全なる報復」 これメッケモンでした。ジェイミー・フォックス ジェラルド・バトラー主演、ゲイリー・グレイ監督だというのに上映の情報さえ知らず、たまたまシネコン情報を眺めていたらヒットしたのでした。物語はよくある家族を殺された男の周到な復讐劇なのですが、一味違うのは家族への愛情から発せられた復讐というだけでなく、アメリカの法制度(しかも舞台はフィラデルフィア)への挑戦であること。復讐のための手法が巧妙で一筋縄ではいかないこと。などなど面白さ満載でした。こういう作品が表に出てこないのはプロデュースの手法の問題なんでしょうか。TVメディアミックスのえげつない売り込み手法もいかがなものかと思いますが、力作の存在を広く公にできないプロデュース方法も困ったものです。


とはいえ、この映画をかけたシネコンが、最近こういう隠れた力作を上映する意欲があることに大きな拍手。