ムートンが開いた日


ワインに興味を持ち始めたのはもう三十年も前のお話。店でもワインを・・・と大反対する父親を説得して置き始めたものの、注文されるのはよくても白ワインのお手ごろなヤツくらい、確か1985年くらいであったと記憶しています。


自分の舌と頭の中では日本料理に過不足ないいいワインのイメージが出来上がり、理想だけを追ったワインも揃えてみても世の中のワインの認識、特に「日本料理店にわいんなんて・・・」という世間常識を覆すことは困難でした。特に赤ワインなんぞ一年に3本も注文があれば御の字というほどで、「売れなきゃ自分で飲んじゃえ」とやせ我慢をしていたのです。


そんな暗闇の時代が10年ほど続いて後、1995年近辺の一大ワインブームがやってきました。


ワイン暗闇の時代から猫も杓子も赤ワイン。「俺は昔から飲んでた」と豪語するワイン通が筍のように現れ、何はともあれ赤ワインが日本料理店でも売れる時代がやってきました。私が毛嫌いするブームもこのときばかりは有難く感じられました。ワインリストにもそれなりの造り手とそれなりのヴィンテージを並べやっと10年間の蓄積、熟成が世の中に認められるようになったのです。


そんな中、某超有名企業の社長ご一行がこの地の視察を兼ねてご来店されました。


お酒のリストをじっと眺め、「日本料理店にしてはいいワイン置いてるね」というお褒めの言葉の後、「これ、頂戴。こんな安くていいの?」とご注文くださったのがシャトー・ムートン・ロートシルト1982。


どうせ売れないんだろうから自分で飲んじゃえ・・・の筆頭格ワインでした。


確か値段は\50000くらい。当時でも市場価格は¥100000を越えていましたが、私が仕入れたときにはそんな高いワインではありませんでした。何しろ1987年のムートンだったら¥7000台で買えた時代に仕入れて寝かせておいたのですから。


ムートン1982は大好評で、開けた私もワクワク。長く暗い赤ワインが売れない時代にまぶしい光が差したような一瞬でした。



あれからさらに15年。リニューアル・オープンから一週間で開けられためぼしいワインだけでも、


コルトン・シャルルマーニュ1991(ルイ・ジャド)
モンラッシェ2001(ルイ・ジャド)
バタール・モンラッシェ1991(未知のドメーニュ)
ムルソー2001(ルフレーブ)
コント・ド・シャンパーニュ(ティタンジェ)
シャトー・ラフィット・ロートシルト1981
etc.etc.


お得意様の持ち込み、店のセラーのワインなどなど、いずれにしても1980年代のもがいていた時代を思い返せばなんと幸せな日本料理店であることか。