流浪の畳修理職人
アポイントなしの営業(売り込み)にろくなもんがあった試しがありません。
10年ほど前、通用口に現れたその人もアポなし、紹介者なし、見栄えもどちらかという貧相で営業にはいかにも気弱そうでした。
「畳を修理して回ってるんですけどいかがですか?」
普通なら「ウチは結構です」の一言でお引き取りいただくのですが、たまたまその時お座敷の畳には煙草の焦げ跡が大きくついてしまっていたのです。
「いくらくらいでできるの? 高いのはだめだよ」と私。畳屋さんに相談するといとも簡単に「全部とっかえ」(数十万円)を提案されていました。煙草の焦げ目ひとつでです。
「その部分だけ繕いますからお安くできますよぉ」
「んじゃ試しにやってみて」
ちょいちょいちょいと作業をして、焦げ跡はぱっと見わからないくらいに出来上がり代金は「えっ!」というほどの破格値。
「いやぁぁ助かったわぁ。また寄ってくれる」
「全国を回っているんでこちらに来るのは二年後くらいです。また寄りますんでよろしくお願いします」
そうやって始まったお付き合いはもう10年くらいになります。
焦げ目だけでなく、テーブルの傷や畳のシミなど忘れたころに現れて仕事をしてくれます。
こうやって旅館や料理店など一年中全国を回って地道な仕事をしている人がいるのですね。彼によれば旅館料理屋は全国で四苦八苦なんだそうです。こういう地に着いた言葉には真実味があります。