ヒップホップ
ヒップホップ・ミュージックはこれまで全くなじめませんでした。
神と崇めるマイルス・デイビスがラップを取り入れても、J-popで唯一聴き続けている山下達郎さんのアルバムにラップが入っても全く耳になじめないのですから、「この音楽は私にはだめだぁ」とあきらめるしかありませんでした。
もともと本家のアメリカのラップを聴いても歌詞の意味が全く不明では聴く意味がありませんし、日本語ラップの周辺にいるミュージシャンは近寄るのが怖いようなコワモテが多いように見えたのです。
不良、もしくは元不良を標榜するような輩は私の枠の外にいる存在なのです。
ところが、昨日お話したライムスター宇多丸さんの「ウィークエンド・シャッフル」を聴くうちにラッパーである宇多丸さんを始め、彼の周りにいるラッパーたちは極めて真っ当、音楽に対する姿勢の真摯なことを知るようになりました。さらにはこの番組で講座のように繰り広げられるラップの作り方、日本語ラップの現状と楽しみ方を魅力的な語り口で語られるのを聞いているうちに、日本語ラップの偏見が取り払われて面白さも少しづつですが理解できるようになってきました。
いつの世でも若者たちは自己表現の手法を求めるものです。私たちの世代以前ではそれは詩でした。私の時代でもまだ詩は若者の自己表現の大切な形でしたがそれに音楽や演劇も加わり、次第に詩を凌駕するようになりました。
考えてみたら、ラップは昔の詩が音楽と交わることで復権した姿と言えるのかもしれません。
ラップを若者たちだけの表現方法にしておく手はないではありませんか。