フィネス

clementia2008-11-11



「フィネス」という言葉があります。


ワインを形容する最上級の言葉ひとつです。とはいえ抽象的な表現で、未だにこのフィネスを明確で分析的に説明した言葉は見たことがありません。あえて言えばエレガントをさらに突き詰めたような形容句とでも言ったらいいのでしょうか。偉大な造り手のワインが正しく長い熟成を経て到達した極上の味わいに初めて当てはめられるとも聞きます。エレガントという言葉自体、高名なワイン評論家ヒュー・ジョンソンに言わせれば「テイスティングの専門化が窮余の一策に好んで用いる言葉」と言っているくらいですから、それをさらに推し進めたフィネスは窮余の一策以上の言葉にならない言葉なわけです。平たく言えば「美味い!」の最上級中の最上級を小洒落て言ったようなもの・・・といったら平板すぎるかも。


実際、ワインを形容する言葉というのは、あくまでワインの味わいのあとからくっついてきたものです。えもいわれぬ美味しさをどうやって表現するか、どうやって言葉に置き換えて正確な記憶に留めるか、言葉を捜してワインに当てはめてきたのです。日本では特にワインは勉強から入っていく傾向も強くありました。私もたぶんに言えるのですが、知識が肥大して味わいを後から経験するようなことがよくあります。たとえば「雨上がりの湿った枯葉の香り」とか「なめした皮の香り」なんて言われても、呑んだことがなければ「ワインに枯葉?」「ワインに皮?」と思うのが普通です。「杉の香り」「ピーマンの香り」「黒胡椒の香り」「エスプレッソの香り」知識では知っていても実際に飲んでみて香りを嗅いでみて説明を受けて初めて「ああ、これが・・・」とやっと理解できるのです。


フィネスも同様です。


これがフィネスだ。言葉で表現できなくても圧倒的な美味しさを味わってみて「フィネス!」と言われればそれが味わいと言葉の一致として記憶に残るものなのかもしれません。


私にとっての「フィネス」は、ワインを口にしてあまりの完璧な調和に言葉がなくなり、ただじっとグラスの中の赤い液体を見つめて神の存在を信じたくなるような高貴な幸福に包まれた瞬間のことです。


シャトー・マルゴー1961


お客様がバースデイワインとして持ち込まれた極上の一本。


「これがフィネスってモンです」と言えば、ワイン好きは言葉を尽くさなくても味わいだけで納得できます。