跡継ぎ その3


お得意様が
「跡を継げって強制しなくても、親方の背中を見ていればお子さん達のうちの誰かがきっと”やりたい”っていうんじゃぁないんですかねぇ」
とおっしゃいました。


大きな業績を残して亡くなった緒形拳の息子さんたちは、二人とも役者をされています。おそらく親の強制はなかったはず(長男緒形幹さんの存在は知っていたのですが、緒形拳さんの息子さんであることは知りませんでした)


緒形さん最後のTVドラマ「風のメッセージ」の監督宮本理江子さんが、脚本家山田太一さんのお嬢さんであることを知って驚きました(倉本脚本前作も彼女の監督なんですね)山田太一さんの強制もあるはずがありません。


親の仕事が立派であれば子供はつられるようにして同じ仕事に就くのか?一概にはいえないでしょうが、憧れがそうさせるのか?血がそうさせるのか?親の大きな背中はきっと子供達には説得力があるのでしょう。



私の父の背中はそれほど大きなものではありませんでしたが、実際にこの仕事に就くまでは二代続いた店は、一番とは言わないまでもこの地でもいい仕事をしているはずと子供心に思い込んでいました。小さな子供は自分の親を勝手に過大評価するのがならいです。自分の親が立派であってほしいという思いがつのりつのってそうなるのか、現実を知ったときの葛藤、幻滅はどんな子供も味わうものです。私の父は人格的にはとても尊敬できる父親でしたが、仕事の分野では子供の過大評価が裏目に出て、自分が同じ仕事に就いたときにはちょっとがっかりしたものでした。今考えれば昭和30-50年代という時代の中では充分に世間に見合った仕事をしていたはずなのですが、若者の理想主義も手伝って「こんなもんじゃぁない!」「これじゃぁ人に誇れる仕事とはいえない」と自分勝手に思い込んでしまっていたのです。やな跡取り息子です。


しかしながら30年前のそういう思いというのは心に大きなしこりを残していて、それが今の仕事のモチベーションにもなっています。「子供に誇れる仕事を続けていたい」という思い。自分の子供達が友人に対して、世間に対して父親の仕事を自慢げに語れる水準をたもっていること。「一度店にも食べに寄ってみて」と子供が自信を持っていえること。


もしかするとお客様の評価以上にその一事が私にとって一番大きな命題かもしれません。


果たして実際は?
たぶんそんな父親の熱い思いなんぞ知ったことではないんでしょうね。