一期一会


今どき「一期一会」を「いちごいちえ」と読めない人はいないでしょう。それくらい世間に根付いた言葉になっていますが、この言葉は古来からずっと受け継がれている言葉だと思っている方がもしかしたら若い人には多いのではないか、と、ふと思ったのです。


先日再び大河ドラマ篤姫」を観ていたとき、対立する篤姫大老井伊直弼が四畳半の茶室でお茶を飲みながら胸襟を開くきっかけを得る場面がありました。大茶人でもあった井伊が「一期一会」と直接口にはしないものの、茶の心得としての心を語る言葉のなかに確かに一期一会の精神が見えました。いい場面でした。


一期一会は茶道の精神として伝えられた言葉なのですが、決して利休さんの「南方録」(南坊宗啓が書き留めた利休さんの聞き書)に表れる言葉ではなく、江戸時代も末期、井伊直弼が残した「茶湯一会集」の中で語られる言葉です。曰く「客を迎えてする茶は生涯中この一回の他にあらず」と。侘び茶の開祖利休さんは一期一会とは言っていないのですね。


昭和40年代にはまだこの一期一会は一般には全く知られない言葉でした。確か広まり始めたのは昭和50年代も半ばだったように思います。若貴兄弟が横綱昇進のときに口にした四字熟語が一気に流行ったように、もともとは流行りモノのひとつでした。店のパンフレットを初めて作ろうとした昭和50年代、お題目になる言葉を捜していたときに出会ったのが一期一会でした。そのときは世間にはまだ広くは知られない言葉でしたので印象的に覚えています。そのときに原典だとばかり思っていた「南方録」がどうやら元ネタではないらしいと知って、「検索」などない時代にあれやこれや資料を調べて「茶湯一会集」を知ったのです。


お茶を手順として覚えるお稽古でなく、心得として身につけようとした人には、当時も一期一会は常識的な言葉でしたが、井伊直弼の言葉であると知っている人も多くはなかったこともよく覚えています。その後30年、映画「フォレス・ガンプ〜一期一会」なんていう風にも使われるほど一般的な言葉になって、その言葉の由来は重要ではなくなってきました。大仰にみえる言葉も実は思いのほか流行りモノから始まっていることもあるのですね。


なぁぁんて講釈たっぷりに書きましたが、この程度のことって40代以上の方にはもしかして鼻にもかけないほどの常識?(だとしたらかなり恥ずかしい私)