映画「告発のとき」


トミー・リー・ジョーンズで私が思い出すのは、「逃亡者」でも「メン・イン・ブラック」でも「ある愛の詩」でもなくて、「ローリング・サンダー」です。


1970年代半ばの映画界にはベトナム戦争後遺症とも思える映画に名作がたくさんありました。例えば「タクシー・ドライバー」例えば「ディア・ハンター」例えば「帰郷」


「僕たちは傷ついた」「僕たちは国のために戦ったのに残ったのは精神の破綻だけだ」


「ローリング・サンダー」はベトナム帰還兵が強盗に家族とともに襲われ、復讐するバイオレンス映画でした。中で若きトミー・リー・ジョーンズは、今にも崩れそうな精神をかろうじて保ちつつ、暴力へ走っていくナイーブな軍曹を印象的に演じていたのです。この一作で私には忘れられない俳優となりました。


そのトミー・リー・ジョーンズが映画「告発のとき」で演じているのはベトナム戦争世代の軍警察軍曹のベテラン。二人の子供ともが入隊したことを誇りに思う、根っこに軍隊生活がきっちり残っている父親に、イラクから帰還した息子が消息を立った知らせが入ります。シャーリーズ・セロン演じる市警察の刑事とともに息子の消息を追っていくうちに次第に明らかになる帰還兵たちの崩れいく精神の実態。「ともに戦った戦友を殺すことはありえない」とベトナム戦争を経た父親は確信しています。脚本監督のポール・ハギスは製作総指揮をした「硫黄島からの手紙」の中で、「この戦争には勝者も敗者も存在しない。傷ついた若者とその家族がいるだけだ」と訴えましたが、次のベトナム戦争では敗者だけが存在し、それでも戦友には心の拠り所があったのです。ところが今、イラク帰還兵には・・・・。息子を失った悲しみに加え、表面上はベテラン(退役軍人)にも昔と変わらない敬意を持てる若者たちの心闇を知るにしたがい映画はより深いところで問題を問いかけます。「ローリング・サンダー」の印象が30年を経ても色濃く私の心に残っているトミー・リー・ジョーンズが、ベトナム戦争を知る父親を演じるからこそこの映画には重みがあるのです。


いい映画は観客に訴えること、感動を与える要因が複数絡みあって存在します。ポール・ハギスは「クラッシュ」で複数の逸話を通じて一つ一つ問題を投げかけました。それを今回はたった一つに殺人のなかで、軍人の家族と刑事の家族を二本柱にさらに多くの問題を観客に示し感動に引き込ませます。


なんという緻密できめ細やかな脚本、堂々とした演出でしょう。ポール・ハギスはこの映画で長く映画史に語り継がれる脚本家、監督に登りつめたと確信します。そしてトミー・リー・ジョーンズシャーリーズ・セロンを語る上でこの作品はなくてはならに一作になるはずです。トミー・リー・ジョーンズの切なさ悲しさを画面いっぱいに表現する底力。シャーリーズ・セロンの抑えながら感情を発露する自由自在。太刀打ちできる俳優が世の中に何人いるでしょう。


私にとってこの数年でベストワンと言える映画です「告発のとき」