「紫寿」「昭和63年」


志の高い蔵の日本酒や、シャトー、ドメーニュのワインで「飲んだことがないお酒」があるのは居心地が悪い気がします。プロフェッショナルの端くれとしてはいいお酒は一度は経験してみたいものです。


日本酒の会にお出しした「満寿泉 紫寿(むらさきことぶき)」「義侠 純米大吟醸30% 昭和63年」の二本は、もったいぶってお出ししたものの、実はまず「自分が飲んでみた」から手に入れておいたものなんであります。



日本酒の場合、お客様の前で封を切ってからどれくらいで使い切るかは大きな問題です。できればその日のうちに飲みきってしまいたいボトル、封切りから一週間目に味が乗ってくるボトル、様々です。それぞれのボトルにはそれぞれの個性がありますので、それをちゃんと理解して一本を使い切ることはとても大事です。とはいっても今回の日本酒の極上のお酒は何度も使えるお酒ではありませんからどんな個性をもっているかは開けてみるまでわかりません。できればすぐに使い切りたい・・・けれども、その高価な値段ゆえにどのお客様にもお出しできるお酒でもありません。そんなわけで今回のような日本酒の会で興味のあるお客さまだけにその日のうちに飲みきっていただこうというわけです。一本数万円は原価がまかなえればよしとしなければいけません。



「満寿泉 紫寿(むらさきことぶき)」は満寿泉の最上の純米吟醸「プラチナ寿」のなかでも最良のヴィンテージを寝かせたプライベートストックなのだそうです。二重の上質な桐箱に収まったこの日本酒、パッケージングが見事です。香りは穏やかで口に含むと最初に力強いアタックが舌を刺激し、その後にまろやかなふくらみが広がります。この広がりは低温で三年以上熟成させたお酒にだけに感じる別格の味わいです。岩清水のように淡麗なのに玉露の後味のように長く続く余韻。刺激とふくらみ、淡麗と余韻という一見背反するような二律がこのお酒には見事に溶け合っているのです。味わいの余韻とともに美しさに言葉なく浸りきる精神的余韻。日本酒はここまで研ぎ澄まされるのです。



「義侠 純米大吟醸30%精米 昭和63年」は40%だった昭和58年同様、蔵にとって記念碑的な一本であると聞きます。30%という高精米はお酒に切れ味をもたらします。一般的には30%まで精米した大吟醸は研ぎ澄まされていても味わいは薄くなりがちであるのに、義侠の30%にはアミノ酸のもたらす米の旨みがしっかり乗っています。切れるのに味わいが深い、これこそが義侠の義侠たる所以です。そしてさらに20年以上の熟成はこの30%の大吟醸にひね香りを与えています。驚くべきことにこのひね香りが美しい。これほど美しいひね香りは昭和58年以外にはしりません。冷温でしっかり管理された大吟醸は、たまたまこうなったのではなく、なるべくしてこういう無二の古酒になったのです。義侠という全国の蔵元の憧れの存在が蔵の志をかけたお酒です。