板の前


板前というのは板(まな板)の前で仕事をする人という意味があります。


日本料理では板の前の仕事をする人が一番えらい人です。味をつける煮方よりも板の前(立板とか花板とも呼びます)の板前が上位にあるのです。


修行時代、調理長=立板(板前)は憧れで怖い人でした。当然立板の主な仕事であるお刺身を引く仕事は、煮物よりもハードルが高い難しいものであるという風に最初から刷り込まれてしまっていました。日本人独特の道を究める職人の仕事としても、日本刀に通じる包丁をあやつり切れ味鋭く活き身をそいでいくという意味でも、特別な仕事に思えなくもありません。


そんなわけで、この道に入って20年経った頃でも最初のトラウマが抜けないように「刺身=難しいもの」高いハードルになってしまっていました。毎日何十人かのお刺身を自分で造っていてもです。


そんな時、あるTV番組で日本料理店の雄といわれる店のご主人が、タップリの講釈とともに鯛のお刺身を造られていました。確かに講釈通り見事な切れ口であったのですが、よく見れば自分が普段やっている仕事とそれほど大きな差があるようにも思えません。その映像をみてやっと「なぁぁんだ、刺身ったてたかが切るだけじゃん」と思えるようになったのです。毎日仕事としてこなしていれば、私のように鈍なやつでもなんとか形になるものなのです。メディア、特にTVでは職人の仕事を長い修練を経て身につける名人芸のように取り上げられますが、少なくとも私が知る限り、特別な厳しい訓練があって特別な人だけがたどり着けるような技と言うようなものは料理の場合ほとんどありません。地道に緊張感をもって続けていればどんな人でも自然に身につくような仕事ばかりであるのです。


毎日料理をする主婦も、この一食で評価を失ったら明日から生活できないかもしれないという危機感があったりしたら上達することは必至かも(大げさ??)