名演その18〜疾走感(ドライブ)

clementia2007-03-17



ジャズには先日お話したようなインタープレーの醍醐味のほかに、ドライブ、つまり疾走するようなスピード感も大切な要素です。


昔、渡辺貞夫さんがThe Great Jazz Trioのきっかけとなった”I'm Old Fashioned”をレコーディングした時、ドラムスとベースを担当したアンソニー・ウィリアムスとロン・カーターのドライブ感を表して「羽根が生えてどこへ飛んでいってしまうようなスピード感のあるリズムを作る二人なので、うかうかしていると見失ってしまいそうになる」と言ったことがありました。


紹介するマイルス・デイビス「フォア&モア」は、まさにそのドライブ感のなんたるかを実感できるアルバムであります。突っ走る疾走感がどれほど心をざわざわと興奮させるか、ココで感じられなかったらジャズはあきらめたほうがいいかも(というのは言いすぎですが)と言ってしまいたくなるほどの素晴らしい演奏です。


このアルバムは前回紹介した「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」と対をなすアルバムで、1964年の同じ日のライブ録音を、「静」と「動」に分けたものです。前回「静」の「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」はロン・カーターのベースが知的にリズムを担っていると書きましたが、今回「動」の「フォア&モア」はドラムスのアンソニー・ウィリアムスが圧倒的な迫力でリズムを担っています。


この当時アンソニーわずか19歳。


日本では若くしてデビューしたジャズ・ミュージシャンをメディアは気軽に天才と呼びますが、私が彼らを「天才だ」と思ったことは一度もありません。「若いうちから上手だなぁ」くらいに思うことはあっても天才ではないのです。天才というのはまさにアンソニーのような存在を言うのです。あの当時アンソニーのように叩けるドラマーは存在しませんでした。アンソニーのようにクリエイティブで挑発的で斬新なドラマーが19歳にしてすでに世界で唯一無二であっただけでなく、ジャズの世界に君臨したマイルス・デイビス・グループのリズムを造り上げていたのが彼であったのです。そのアンソニーは1960年代半ばのマイルスの様々なライブレコーディングで常にリスナーを魅了していた中で、「フォア&モア」のドラミングは神が彼に舞い降りた瞬間をとらえたものでした。


ソリストを鼓舞し、ピアニストのハンコックとともに激しいバッキングの応酬をしながら、リズムはオーソドックスなレガートに留まりません。当時のドラマーのほぼ全員が「チ-ン・チッキ・チ-ン・チッキ」と右手でリズムを刻みながら、二拍四拍にハイハットを入れる一定のリズムを続けるのが当たり前であった中、アンソニーにドラムミングは右手が常に変化し、左足のハイハットはリズムをキープするためのものではありませんでした。しかも超早叩き。あの時代のプロもアマチュアもすべてのドラマーが口をあんぐりあけて魅了されたものです。”So What”も”Walk'n”もオリジナル録音のほぼ倍のテンポで疾走します。


ジャズのライブでなければ味わえないドライブ感を楽しみたい(私は楽しむというよりは頭をたれます)方にお奨め。ジャズ好きの99.9%が認める歴史に残る名演奏です。