お酒選び


お客様の好みに合わせてお酒を選んでお奨めするというのはとても難しいものです。ソムリエさんのご苦労を思うと頭が下がる思いです。


あまりワインの経験がない方が「以前に○○で飲んだムルソーっていうのがすごく美味しかったから、このムルソーっていうのをください」とご注文があったとしても、その○○のムルソーがどの造り手で、どこの畑で、何年のヴィンテージであったかで味わいは全く違います。お寿司屋さんで「私蛸が好きだから蛸ください」というのとわけが違うのです。○○のムルソーと今選んだムルソーが同じ味であることのほうが奇跡的なのです。


逆に、ワイン通を気取る方が、予算を限定して「料理に合わせて今日の君にお奨めを持ってきてくれ」と言われても、好みがわからなければお気に召さないで「このワインは落ちている(劣化している)」と言われてしまうこともままあります。半端なワイン通が使いたがる言葉です「落ちてる」




この10年ほどほぼ毎月お越しいただいているご夫婦が、先日「今日は赤ワインにしようかな」とおっしゃいました。


これまでほとんど日本酒ばかりをお飲みになり、その都度趣向を変えて様々なお酒を召し上がっていただいてる日本酒党でいらっしゃるのですが、半年ほど前に白ワインの美味しさをやっと理解していただけるようになりました。


以前に「フランスのなんたらかんたらっていう白ワインを奨められて飲んだことがあったんだけど、すっぱいだけで美味しくもなんともなかったです。信州ワインのほうが美味しい。赤ワインだって渋いだけ、すっぱいだけっていうのしか呑んだことありません」とおっしゃる方に、ブルゴーニュ黄金の丘のワインをお奨めしていいのかどうか、白ワインのときはなんとか成功したものの、赤ワインはどうしたものかとセラーの中で悩みつつ選んだのが、ブルゴーニュ赤ワイン クロ・ド・ラロッシュ1997 ドメーニュ・ユベール・リニエ


1997というヴィンテージは熟成が早く、97でもすでに枯れた味わいになっているのですが、さすがにクロ・ド・ラロッシュクラスの特級畑になると枯れる手前の深い豊かさが感じられるいいワインだと思っていました。半可通の「落ちてる」の寸前一歩手前くらいのワインなのです。


日本酒では香りにとても敏感な方で、「十四代」も「磯自慢」も好みに合わないくらいの厳しい方ですから、緊張してグラスに注ぐと「わぁぁ、すごくいい香り」・・・・これで60%はOKかも・・・・一口飲んで「こんなワイン初めて飲みましたぁ」・・・・成功!


よくワインをご存知の方には綱渡りのようなワイン選びであったのですが、喜んでいただけてほっと一安心でした。初心者の方に新しい分野の扉を開けて差し上げられるというのは料理屋の醍醐味です。ぴったり上手くいくケースのほうが稀ではあるのですが、当たったときの喜びも大きいものです。とはいってもこのお客様がブルゴーニュワインの虜になるためにはまだまだ道は険しそうではあります。