おもてなし


子供のころの夏休みの恒例行事といえば、お盆に母の実家へ家族で出かけ二三日泊まってくることでした。


今では車で40-50分で着いてしまうそこは、当時はまだ電車を乗り継いで二時間近くかかる田畑に囲まれた田舎で、街中で育った私には刺激的な遊びにあふれていました。


到着するとすぐにじいちゃんが、畑で取れ井戸水で冷やしたスイカを出してくれ、晩御飯には決まって目玉焼きと缶詰の烏賊煮、茄子の煮物がでてきました。今では目玉焼きに缶詰をご馳走などとは思わないでしょうし、当時でも料理屋育ちの幼い私にも普通のお惣菜くらいに感じていたような記憶があるのですが、伯母が「なんにもなくてゴメンねぇ」といいつつ出してくれた数品の料理は、数品あると言うだけでも、きっと田舎町の農家ではおもてなしのためにご馳走の部類に入っていたに違いありません。


あのころ母の実家、とはいってもお客様だった私たちは客間で食事をし、実家の家族たちは別の部屋で食事をしてました。「お客様だ、じゃみんなで・・・」という感覚はなかったのですね。


思い出してみると昭和三十年代のまだ日本全体が貧しい時代、お客様をもてなすためのご馳走には地方による差もたっぷりあり、今の感覚では質素なものばかりであったはずです。家庭でフレンチやイタリアンはもちろん、洋食や中華料理だって作られることは珍しかった時代です。インスタントラーメンがやっと世の中に現れ始めた頃、鶏がらスープをとってウチでラーメンを作るという感覚さえ全くありませんでした。増してやラーメン屋さんが手を変え品を変えて行列ができる時代がくるなどとは思いも寄りませんでした。


こうして考えてみると食にまつわる日本人の環境は、この半世紀で信じられないほどの劇的に変化してきたのです。


あの貧しかった頃を思い出すと、「昔のトマトが美味しかった」とか「自然に田舎に帰ろう」とか世界の食材が自由自在に手に入る今を、ふと立ち止まって考えてみることがとても大事に思えてきます。今の豊かな時代はほんのちょっと前に実現したことなのです。