冬の鮑

朝の仕入れでのこと。


「親方ぁ、鮑いかがですか?小ぶりですが」
「ええぇぇ?この寒いのに鮑ぃ?それなら蛤つかうよぉ。赤貝にもちょっと早いし」


聞くと冬でも鮑はコンスタントに売れるのだそうです。決して安くはないのに。冬でも夏でもお客様の注文があるから置くという店はたくさんあるのです。


「鮑は夏のもの」と決めつけるのはいけないのですが、経験上冬には肥えたいい鮑に出会うことはあまりありません。美味しければいいじゃん・・・というのが私ン処の基本的なスタンスではあるのですが、冬の鮑はあまり使ったことがありません。


20年も前の話、寿司の美味しさを初めて教えてもらった名古屋「ほかけ」では、冬の鮑が登場したことは一度もありませんでした。夏に蛤もなし。蛤と鮑が重なったことも一度もありませんでした。鮑が終わったときに蛤になり、蛤が終わったときに鮑になるのです。


今でこそ、お客様の要望があっても、いい時期でない素材は「使えません」とはっきり申し上げるのですが、20年前にそんな確固としたものがあったかどうか?儲かるなら・・・と軟弱であったかもしれません。美味しいものを美味しい時期に正しい調理方法で自信をもって作ること、恥ずかしながらこの10年15年くらいでやっと身についてきたことです。というか、そうしていないと居心地が悪く感じられるようになっています。「いい悪い」でも、「儲け主義」とか「恥」とかでもなくて、自分自身が仕事をしていて「居心地の悪さ」を感じることをしない、「居心地の悪さ」に敏感であることを大切にしたいと思うのです。