本膳

お寺のあとを継いでいる同級生から電話がありました。


「倉庫を取り壊すので掃除をしたら器がいくつか出てきてさぁ、○○ちゃんもらってくれない」


ありがたく頂戴しようと車で伺うと、本膳一揃えが20組ほども山積みになっていました。さすがは古くからのお寺さんです。本膳といってもぴんとこない方がほとんどではないかと思います。低めの四方膳に飯、汁、平皿、膾(なます)、香の物の器が黒の揃いの溜め塗りで並んだものです。


お寺はもちろんですが、昔の家庭には慶事仏事で人寄せをした時に使う本膳の器が代々受け継がれていたものでした。昔は結婚式場も葬儀場もありませんから、結婚式も葬儀の後の精進落としも自宅でやるのが当たり前でした。仕出しをする料理屋はお宅に伺って器を拝見し、ご自宅にある器を使って料理の算段をするものでした。


今でもご贔屓にいただいているお得意様の結婚式のときは(戦後すぐのこと)祖父や父が三日三晩お宅に泊り込んで料理をしたものだと聞いています。その時の献立は巻物となって今でも存在しているくらいです。そんなとき活躍するのが本膳なのです。また別のあるお得意様の処では、年頃の二人の娘さんの結婚支度として、二人に別々に何十客づつかの輪島塗の豪華な本膳揃いを用意するためのお手伝いを祖父がしたと聞いています。嫁に行った家のどちらかで大きな人寄せがあっても、二人の本膳を集めれば大丈夫というわけです。


今では、結婚式は式場かホテルが当たり前、葬儀も同様で、法事でさえご自宅でなさる方は少なくなってしまっています。人寄せのときの女性たちの苦労を考えると合理的な方法かもしれませんが、数少ないハレの日に本膳が活躍するような文化がなくなってしまったのは寂しい気がします。ホームパーティがお得意な奥様でもご自宅で法事・・・・となると話は別になってしまうのですね。かく言う私も、ご自宅の本膳を使って料理をさせていただいた経験は20年程前に2〜3回あるのみ、時代の流れなのです。