のんびり型

近隣敷地の農家、乗松さんのお米を使い始めて、やっとご飯の格好がついてきたのだなぁ、と、自分ののんびりぶりに唖然としています。


まだこれで完成・・・とは決して思ってはいないのですが、ここまで至るには何年もかかっているのでした。コースの最終の一部でさえそうなのですから、料理人としては困ったものです。


普通で考れば、いい米を入手して、いい味噌といい出汁を考え、いい漬物を漬け、または手にいれれば充分に満足できると思えるのですが、なかなかそう単純には割り切れないのですね。


米を富山コシヒカリだけに変えたのが15年位前、生産者の顔が見える米など考えもしない頃でした。それから15年してやっと乗松さんに出会えたのです。


「漬物くらいお客は気にしない」という先代(父親)のスタンスの居心地が悪くて、自分で漬けることはもちろん、真っ当な漬物屋さんを探して、やっと京都富川さんとのお付き合いができ始めてまだ3年くらい。京都に行くたびに探しても、観光客相手でない真っ直ぐな店を探すのさえ苦労するのです。


どこの店でも使っている味噌から季節ごとに味噌を変えてみる時代があって、今の埼玉の農家のおばあちゃんの作る三年熟成の味噌、愛知県の小さな味噌蔵の八丁味噌に至ったのがほんの半年〜一年ほど前。味噌汁用の出汁に試行錯誤を始めたのはつい最近のことです。


漬物のためのいい器を低入れたのが4年位前、急須を村木律夫さんの作っていただいたのもその頃、飯炊きようの「かまどさん」を見つけたのが3年位前の発売当時、店専用の改良系を中村文夫さんに作っていただいたのが一年ほど前、飯茶碗も村木律夫さんでまとめられたのがやっと半年前です。


米、味噌、漬物、まつわる数々の器、納得しながらそろえるのは、のんびり屋で集中力のない私にはとても時間がかかります。まとめていっぺんにすべてを完璧にそろえることなど全く無理でした。


が、
これでそろったのはあくまで素材と器のみ、ここから献立のバリエーションを考え、調理方法を安定したものにしなくてはなりません。いい下地があっても台無しにしてしまうのは簡単なことです。「どうです、立派でしょう」と自慢しつつ、「ちっとも美味しくないじゃん」と言われてしまえば元も子もありません。


でも、ありそうだな、私の場合。