教え時

私ン処にはいわゆる「秘伝」とか「門外不出」とか「一子相伝」なんて献立は一切ありません。


献立は思いつき、すぐ忘れる・・・・もので、隠し立てするほど素晴らしい一皿など作ったこともありません。下手をすると二年前の献立を読んでいて、「あれ?俺これどうやったけ?」と若いモンにたずねたりしちゃうほど物覚えの悪い板前です。


現場でも若いスタッフには教えるべきものはすべて教えていかないと、仕事も回っていかないものです。昔のように人手があまるほどあれば、経験年数を積んだものだけに「ありがたく」教えたりするのでしょうが、一年や二年教え続けて私のすべてがコピーできるわけでもありません。


それでも修行時代というのは「教え時」というのがあるもので、技術の伴わないものに相応以上のものを伝えても何の身にもならないことも事実です。出し惜しみをするわけではないので、「教えてください」と言われれば、手を取り足を取って教えてはいます。


が、
いつだったかこんなことがありました。


調理師学校からアルバイトで来た見習い君、まだ一週間目です。デザートの仕込を他のスタッフとしたその日の終了時に私のところへやってきて言いました。


「親方、あのデザート美味しいですねぇ。作り方教えてください」


たとえ一週間目での将来の見込みを感じさせ、謙虚で礼儀ただしければ「ああ、いいよ」と、理解不能だとしてもレシピを教えるのでしょうが、彼の場合はちょっと違いました。どこか場末のやくざな料理人の下でアルバイトの経験があったのではないかと思うほどの傍若無人さと粗雑さが一日目から現れ、「こりゃぁ修正不能かな?」と思ったところでもありました。増してや「あのデザート美味しいですねぇ」ってことはつまみ食いもしているという事。


こういうのはダメです。こうなると途端に心の狭い奴になってしまう私です。


その後の対処はご想像におまかせしますが、考えてみるとこんな風に「教えてくれ」と言われたのは初めてなのでした。今までが若いスタッフに恵まれすぎていたのかもしれません。


やっぱりなんでも教える・・・とはいっても、教え甲斐のある見込みのある若者だから教えてきたのでしょうね。


昔は、洗いものに出された鍋底の残り汁をこっそりなめて味を頭に叩き込んだとか、教わるものではなくて盗むものだ、などというのがこの社会の当たり前といわれたのです。確かに教わりたいという意欲と、教えようという熱い気持ちが一致したときでないと技術は正しく伝わらないものなのです。教えることを教わること、今更のようにその難しさを思い知るこの頃なのであります。