開け時飲み頃

天狗舞「有歓伯」の封を切りました。かなり高価なお酒です。


予約表を見て、「この方とこの方とこの方」1週間〜10日の間にこのお酒を理解してくださる方々の予約が入っています。こういう時をきちんと選ばないとこういった熟成酒で高価なもののボトルの封は切れません。


ワインのそれなりのものは、一組のお客様に全部のみ切っていただくのが基本ですが、日本酒は一度封を切って飲みきるまでの期間というのに定説はありません。


封を切ったらその日のうちに開けるべきである。2日以内に、いや、一ヶ月は大丈夫だ。


日本酒に入れ込み潔癖な方であればあるほど、封を切った瞬間が最高の状態で、一時間のうちでも瓶の底の一滴は不味くなると観念的に信じ込んでいるようです。それは塩の産地ごとの味比べや、水の美味い不味い云々のように微妙なお話で、思い込みとも思えるところがあります。


蔵元が出荷したときがすべての日本酒のピークであると考えれば、入荷と同時に封を切り、その日のうちに瞬く間に飲み切ることが最上と言えるのですが、蔵元本人でも未だに試行錯誤の連続であるのが事実です。それほど日本酒の美味さの範囲は広いともいえます。


以前にもお話したことがあるのですが、名杜氏農口尚彦さんの手になる益荒男大吟醸斗瓶(鹿野酒造)をお得意様にお出しした時、空けて一週間目のボトルの最後の一合を飲んでいただきました。次の同じ新しいボトルの封を切って開けた時お客様が「あれぇぇ、前のほうが断然美味しいじゃん」とおっしゃいます。飲み比べてみると明らかに封切り一週間目のほうが味がこなれていて美味しいのです。開けたばかりのボトルは荒々しいというのか堅さが目立ちます。


あの農口さんのお酒でさえそうなのです。封切り後一週間目のほうが美味しいことだってあります。


逆に出品系の香りの高いお酒、しかも火入れをしない生、無濾過だったりすると、封を切って一週間目には香りは落ちてきます。逆に味にまるみが出てくる良さもあるのですが、杜氏さんのイメージである香りのためには早くのみ切るべきお酒なのでしょう。


またいつまでたっても味に変化の少ないお酒もあったりします。


日本酒の熟成、飲み頃の判断はお酒によって違うのです。たぶん蔵元ご自身もすべてを把握してはいらっしゃらないのではないかと思うほど未知の分野です。


で、
件の有歓伯。


天狗舞 中三郎杜氏が「この年」と決めた最上の純米大吟醸を何年か熟成してあるものと聞きます。長い熟成を考えると早く飲み切るべきお酒と判断しました。高価なお酒ですから、理解もしていただきたいし、お財布のことも考えなければいけない・・・・というわけで開け時をねらっていたのでした。


その味は限りなく球形に近いといってもいいほど柔らかくまろやかで、舌の上で転がるかのようです。喉越しはベルベットのようになめらかで、突出した何かを感じることがありません。アフターテイストの香る上品なひね香は少し温度が上がるとさらに香りを増すような気がします。


幸い封切り直後の味と最後の一滴の味は変わっていないと思われました。


このお酒を味わった方々はほんの5-6組。全員のため息が心の残ります。


冷蔵庫に収められた何本かの日本酒は、開け時飲みきり時を考えながらお客様におだししなくてはなりません。