くつろぎのために
夏休みは伊豆修善寺温泉「あさば旅館」へ行って来ました。
輪島塗業者の社長が「あそこの若主人はなかなかの人です」といい、尊敬するフレンチのシェフが、まだあまり知名度のない頃から「あそこの若主人はよく見えてくださいます。美味しいものが理解できる方です」といいました。
この二人の太鼓判はどんな雑誌の紹介記事より、有名番組のお奨めよりも信頼がおけます。
「あさば旅館」はちょっとさびれかけた雰囲気のある修善寺の旅館街の中にあって、全くの異次元空間を形成しています。武家屋敷を思わせる立派な門と、大きな池をはさんだ能舞台が有名ではあるのですが、そのふたつの象徴されるような凄みという押し付けは旅館自体には全くありません。もちろん部屋は広々として掃除が行き届き、お軸も輪島塗のテーブルもいいものなのですが、「豪華でしょう」という威圧感がありません。
露天風呂も檜風呂も内風呂(檜)も奇をてらったところがなくて、気持ちよく整い、いつまでも使っていたい湯温度が保たれています。個々の手ぬぐいやタオルは必要なくて、いつでもどこでも使えるタオルバスタオルが清潔に山積みにされています。
ロビーにさりげなく置かれる椅子は、ハンス・ウェグナーのYチェアーだったり、マリオ・ベッリーニのキャブだったりします。脇に置かれた団扇一つとっても全く妥協がないのに華美ではありません。
売店には妙なお土産物は一点もなくて、選んだ品物が品よく並ぶだけです。旅館で使われるコップやタオル、靴べら、器なども売り物として置かれているのは、一つ一つの備品に対するご主人の選択眼の自信の現れです。
料理には全く押し付けがましいところがありません。これ見よがしの演出も、過剰な器使いも、意味のない創作まがいもありません。真っ当で正道をいく皿皿の素材の素晴らしさには調理長の自信が溢れています。「おいしいですねぇ。親方はおいくつくらいの方なんですか?」とたずねると「57歳」と。還暦前の料理人の作る料理ではありません。若さに溢れています。・・・・というようなことを言うと「若主人の助言もたくさんあるようです」と。力のある調理長と若主人のコミュニケーションのよさがよくわかります。
そして、お酒のリスト。一つくらい「ツッコム」ところがあるかもしれないと思いつつ開いたリスト。日本酒には田酒 鄙願 黒龍 飛露喜、シャンパンにはボランジェ クリュッグ、ワインにはブルゴーニュとボルドーの選び抜いたドメーニュとシャトーの適正なヴィンテージが並んでいます。あくまでさりげなく、数少なく、いいものだけ。私ン処のリストのような「これ見よがし」が微塵もありません。
一つとして妥協のない旅館のファクターには統一感があって「突出した何か」「華美な何か」がありません。すべてはお客様のくつろぎのためにあるのです。くつろぐためには「わーーー凄い」「わーーー豪華」はいらないのです。
「あそこの若主人はなかなかの人です」の意味は訪れればすぐ理解できます。すべての意味で感服し、ないより家族全員が気持ちよくくつろげました。
旅館の駐車場にはボルボ、メルセデス、メルセデス、メルセデス、メルセデス、ジャギュワァー、うちのボロ車と並んでいたりする料金でもあるのですが。