尺八
藤原道山という尺八奏者がいます。
今脚光を浴びる天才的な演奏家です。
ただでさえ音程が難しい尺八を西洋の楽器のように自由に操ります。バッハやポップスを吹いても、素人が聞いたら「ブロック・フルーテ?もしかしたらフルート?」と思っても不思議でない音程の正確さは、「FとG♭の真ん中の音」と指定しても一発でその音を出してしまうのではないかと思うほど完璧です。尺八でこの正確さは驚異的なのです。
もちろん音量の豊かさも、音楽性の広がりも群を抜いているように思えます。
先日NHK教育「芸能花舞台」で彼の演奏を聞いていると、テクニックがありすぎて正確すぎる楽器のコントロールに、逆に一抹のつまらなさを感じてしまう贅沢。尺八という楽器は、音のゆらぎというのか不正確な音色が魅力でもあることを、道山の演奏を聞いて新たに認識するほどです。
そういうテクニックの持ち主ですから、TVやCDなどでは技術を強調した曲や競演が多くみられます。クラシックやポップス、童謡はもちろんピアソラまで。どうかすると才能の無駄遣いのような仕事もあります。
で、
思い出すのが道山の師匠、山本邦山の「銀界」です。
尺八界の重鎮山本邦山がジャズピアニスト 菊池雅章、ベーシスト ゲーリー・ピーコック、ドラマー 村上寛と共に1970年に録音したアルバムです。
ジャズと邦楽が融合した・・・・というくらいでは言い表せない新たな世界を表現しているコラボレーションです。こういうのをコラボレーションというのです。
尺八で西洋の音楽をやるのでもなく、西洋の音楽を邦楽のバックに使っているのでもありません。
1960年代というジャズ界のアバンギャルド潮流が日本で頂点に達した・・・・と言っても言い過ぎではない歴史的なアルバムなのですが余り知られていません。
師匠の邦山が40代で到達した一つの頂点は、それまで彼がジャズマンとの様々な演奏の果てにたどり着いたものです。
若き道山がそこまで伸びてくれるのか、大いに期待したいアーティストです。
メディア紹介される「天才」といわれる若手の多くが、ただ若いわりに上手であったり、指がよく動くだけであったり、美しいのに少々上手いだけだったり、障害があるのにそれを乗り越えているというストーリーだけだったりします。
音楽性を正しく評価できないメディアが、使い捨ての素材として若い音楽家を使うのは見ていても苛立たしい気がします。藤原道山のように本当に力のある音楽家は真っ当な道を進んで頂点まで登りつめて欲しいものです。