チック・コリア
”Chick Corea Rendezvous In New York”
Rendezvous?・・・・レンデズヴォウス?
英語カタカナ読みしかできない(フランスワインのラベルは想像で読む)知性も教養もない板前の悲しさ、「ランデブー」だったのね。
ジャズ・ピアニスト チック・コリアが2001年にニュー・ヨーク ブルー・ノートで自らの歴史を振り返るように行った、毎夜のコンサートのライブ録音です。
ランデブーというくらいで、これまでチックを取り巻いた数々の名プレーヤー達との競演という構成がとられています。
そのメンバーがすごすぎます。
ボビー・マクファーリン、ロイ・ヘインズ、M.ヴィトス、ゲーリー・バートン、G.ルバルカロ、デイブ・ウェッケル、ジョン・パティトゥッチ、M.ブレッカー、エディ・ゴメス、S.ガットまだまだ続きます・・・・・余りの豪華メンバーにげっぷが出そうです。
これだけの巨匠たちがチックの足跡を彩り、もしくはチックと競演したことで巨匠と呼ばれるように成長していったのです。
チック・コリアは1968年の歴史的デビュー作「ナウ・ヒー・シングス ナウ・ヒー・ソブス」の発売当時から途切れることなくずっと聞いています。
中学生の駆け出しジャズファンには、そのデビュー作は難しすぎて分けがわからなかったのですが、内容が凄そうだということくらいはなんとなく感じ取れました。それ以上に、まもなくマイルス・デイビス・グループに抜擢されたことで、「どうやらあのチックというやつはとんでもないやつらしい」と認識したのでした。
それくらい1970年のリターン・ツー・フォーエバー以前、サークルまでのチックは、駆け出しには難解でした。(その後、後を追いかけるようになんとか理解できるようになりましたが)
チック・コリアはその後も常に進化し続け、トップを走り続けて現在に至っています。
ランデブー・イン・ニュー・ヨークでともに演奏している面々とのコラボレーション(このレベルだとコラボレーションという言葉が恥ずかしくない)は必ずリアルタイムで聞き、いくつかはコンサートでも触れることができました。
その膨大な試みの数の多さもさることながら、すべての完成度の高さは驚異的です。それはこのアルバムをきっかけに、今振り返ると改めてくらくらするほどの凄さです。
私が神様と崇め奉るマイルス・デイビスでさえ、最先端で時代を駆け抜け続けたのが1950年から1975年くらいの25年間、チックは1968年から今まで35年もトップを駆け続けているのです。
余りにも常に身近で聞き続けていたものですから、35年という時代の長さを実感できずにいました。
チック・コリア、キース・ジャレット、ハービー・ハンコックデビュー当時を知り(ハンコックは間に合いませんでしたが)同時代を生き続けていられるミュージシャンがいるという幸せを改めて感じました。
それにしても偉大です、チック・コリア。