戦場のピアニスト


仕事に追われてめったに外へ出ない日曜日、出かけてみるとデパートの前では、少なくとも私たちの若いころよりは遥かに技術的には上手だけれども、「ただの目立ちがり屋さん」じゃん、と思われる皆同じような音楽を奏でるストリート素人ミュージシャンに混じって、簡易のPAも使ったプロと思われる南米フォルクローレを演奏するペルー人ミュージシャンがいました。場末のプロか?と思われたそぶりに反して、ケーナとギターを中心に奏でる音楽はパワーがあって、なにより彼らの「血」を感じさせてくれる音でした。若者ストリートミュージシャンが作る自作の音楽には全く感じられない民族の「血」です。


久しぶりに仕事を早く終えることができて、レイトショーで見ることができた話題の「戦場のピアニスト」(「ボーン・アイデンティティ」「オールド・ルーキー」も最近見てはいるのですが書くことは特になし)


「戦場」はどこにあるのさ・・・・という内容が続くと思ったら、現代は「THE PIANIST」


内容は迫害から逃れるピアニストの演奏がドイツ人将校の心を動かし九死に一生を得る・・・・らしいと聞いていたのですが、2時間半の映画のほとんどはユダヤであるピアニストの迫害と逃亡に費やされます。


ドイツのポーランド侵攻にともなうワルシャワでのゲットーから収容所への恐怖は、「シンドラーのリスト」以上に切迫した真実味をもって描かれ、中盤以降ではからくも逃亡したピアニストの一人で逃げ続ける孤独と絶望が行き詰るような重々しさで演じられています。実際のゲットーを経験し、ナチスからの逃亡を果たしたロマン・ポランスキー監督が描くとなれば、平和ずれした私たちは圧倒されて見るしかありません、これが真実なのだと。


丹念に語られた絶望感があるからこそ、ドイツ軍高級将校に見つかってしまったピアニストが「弾いてみろ」といわれて演奏するピアノの壮絶さを際立たせます。


飢えゆえに絶対に離そうとしない缶詰に反射する月明かりはステージの照明のようにきらっと光りながら、吐く息が白さは緊張感を増幅させ、ボロボロの袖口と伸び放題の髭と髪ゆえにかえって演奏の高貴さ感じます。深く長い抑圧の後の爆発するような演奏は、万人に音楽の偉大さを実感させるのです。


自由を得たピアニストが最後に演奏するショパンのコンチェルトとともにエンドロールが流れるのですが、普段英語で訳のわからないエンドロールを最後まで見る人など奇特な部類なのに、このピアノ演奏の途中で席を立つ人など一人もいません。


ユダヤ人である以上にポーランド人であるピアニストにはショパンが「血」なのです。


ユダヤ人の迫害の歴史を重厚に語られると、戦争はいけないだけでなく、アメリカ新保守派の「イスラエルを守れ、イラクを叩け」でさえ正当に思えてしまうのが怖い。