ワインの値段 再び


9月15・16日と続いてワインの値段のお話をしたところ、ありがたいmailを頂戴しました。


いつも程よいタイミングで適切な助言をしてくださるこの方は、フランス文学者ですのでフランスについては生活も文化もひっくるめてお話にすばらしく説得力があります。

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ワインのお値段についてのお話、大変興味深く読みました。フランス人もレストランの「質」と「値段」のバランスについて論じるのがとても好きですね。


ただ、以前お話したかも知れませんが、日本でもこれだけワインが好まれるようになったのに、フランスとの決定的な違いとしては、フランス人にとってワインはアルコールの範疇にはなくて、あくまでも料理の一部として捉えられているということがあります。まともなフランス人の観点からすると、レストランで出されるワインは、料理とのマッチングが素晴らしければ、どんなに高くても納得するということになるのです。逆に言うと、貴重な高いワインを自宅用に買うということはあり得ないんですね、それに匹敵するだけの洗練された料理を自宅で作るなんてことは普通は出来ない訳ですから。


だから鈴木さんがお書きになっているような、”一般小売¥6000のワインを頑張ってお手頃で仕入れて¥8500で売っても、「俺なら¥4000で買うことができる、高い」というワイン通”というのは、フランスには絶対にいません。だって4,000円で買えたからって、自宅でろくでもない料理と合わせても何の意味もありませんから。


ところで、料理とワインの関係についてもう一つ思い出したことがあります。フランスでは(と、まるで嫌な「ワイン通」のように蘊蓄を垂れまくっていますね(笑))、町のごく普通の酒屋でも、ワインを買う時は具体的にどんな料理に合わせるかたいてい相談に乗ってくれるんですよ。例えば「仔牛のホワイトソース煮込みを作りたいんだけど」と言うと、「それだったらこれがいいだろう」と勧めてくれる訳です。たとえ「刺身に合わせたいんだが」と言っても、一応もっともらしいのを出して来ますよ(生魚なんか食ったことないくせに(笑))。

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”フランス人にとってワインはアルコールの範疇にはなくて、あくまでも料理の一部として捉えられている”


これは私にとっては宝石のような輝きを持った大切な言葉です。


私にとってのお酒の存在というのは、日本酒もワインもこういうものでありたいのですね。


長い間、日本料理店の料理はお酒をいただくためのつまみとして発達してきました。並べられた皿の料理を食い散らかし、盃を酌み交わし、お酌をしあう場が料理店でした。そこで提供される日本酒はその味を楽しむためのものではなくて、酔うためのものであったのです。


料理とお酒が同等にお互いを高めあう関係になり始めたのはごくごく最近のことです。私などが暗中模索のうちに試行錯誤を重ねる大きな指標となったのは、フランス料理とワインの存在でした。


未だに、いい料理を食べるのに美味しすぎるワインではもったいないという方がいます。


大吟醸はうますぎて料理といっしょではなくてそれだけで飲みたいという方もいます。


私はそうは思いません。


ハレの場所であるべき料理店は、家庭ではできない料理と、普段飲めない美味しいお酒とを楽しんでいただく場所でありたいと思います。できうれば、その両者がフランス料理とワインのマリアージュのように夢心地の別世界へいざなってくれるものであればそれ以上はありません。


少なくとも私の店は「ワイン通がワインの味だけを批評する店」や「日本酒通がお酒の履歴を自慢しあう」だけの店になってしまいたくはないのです。


料理とお酒と会話を共に楽しみ、料理屋という空間と時間を満喫していただけるように心を砕く・・・・それが私の役目だと思っています。お酒も料理もそのためのファクターの一つにすぎないのです。